『一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート』
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【書評倶楽部】タレント・麻木久仁子 型破りなやり投げ選手を一人称で 『一投に賭ける』上原善広著
[レビュアー] 麻木久仁子(タレント)
いよいよリオ・オリンピック開幕。やはり日本選手の活躍が楽しみである。だが昨今のやたらと選手個人に日の丸を背負わせる風潮はいただけない。常人の及ばない素晴らしいものを見せてもらうのだから、感謝し尊敬し、活躍を祈ればそれでいいではないか。スポーツ選手に優等生的な人格を求めるのは今に始まったことではないが、無頼のアスリートだって魅力的だ。
本書は型破りな伝説を日本の陸上界に残したやり投げの選手、溝口和洋の物語である。朝方まで女を抱いて日本選手権に優勝。たばこをふかし酒を飲み、嫌いな新聞記者を追いかけ回して袋だたき、とまあすごいエピソードの連続である。しかし、やり投げには全身全霊を注ぐ。日本人には体格的に不利な競技で、当時の世界記録にあと6センチまで迫り、ワールド・グランプリシリーズを日本人として初めて転戦した。不世出のアスリートでありながら、なぜか突然、表舞台から姿を消す。その溝口を著者は18年にわたり追い続ける…。
溝口の一人称で書かれているのが面白い。端から見れば型破り、問題児。だが競技に対してどれほど真摯(しんし)であったか、ひしひしと伝わってくる。体当たりの試行錯誤で編み出したトレーニング法や、独特のフォームがどのような理論に基づくものか、丁寧に語られている。それを読みながら溝口の投擲(とうてき)の連続写真を一枚一枚見ていくと、やり投げという競技の芸術的なまでの繊細さが分かる。一投は一期一会で、その一瞬にすべてを賭けているのである。
セックスをしていても「今の動きはやり投げに役立つか?」と考えてしまうという根っからの「全身やり投げ男」。人間臭さと繊細な肉体のバランスに感動する。世界中がアスリートに魅了される夏、おすすめの一冊だ。(KADOKAWA・1600円+税)
【プロフィル】麻木久仁子
あさぎ・くにこ 昭和37年、東京都出身。タレントとして幅広く活躍中。書評サイト「HONZ(ホンズ)」メンバー。