大手運送会社とネット通販――物流の覇権を巡る戦いに火花を散らす。〈インタビュー〉楡 周平『ドッグファイト』

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ドッグファイト

『ドッグファイト』

著者
楡 周平 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041044711
発売日
2016/07/29
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

大手運送会社とネット通販――物流の覇権を巡る戦いに火花を散らす。〈インタビュー〉楡 周平『ドッグファイト』

悪のヒーロー・朝倉恭介を描いた『Cの福音』でデビュー、『フェイク』 などコミカルな作品から『スリーパー』などの国際謀略小説まで執筆の幅をひろげてきた楡周平さん。米国企業に所属していた経験を生かし、経済小説でも高い評価を得ています。物流の世界を舞台に、企業同士のドッグファイト(空中戦)を描いた最新刊についてお話を伺いました。

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▼物流を握る者が一番強い

――『再生巨流』や『ラストワンマイル』などで物流の世界を描いてきた楡さんが、ネット通販と運送会社の生きるか死ぬか、呑み込まれるか否かの攻防を描いたのが新刊『ドッグファイト』です。ネット通販を取り上げた理由は何ですか?

楡 少子高齢化が進んでいく日本という国を考えると、ネット通販なくしては生きられない人たちがたくさん出てくる、という現状があります。かつて大手スーパーの進出により、地元の家族経営によるパパママストアがどんどん閉店に追い込まれました。しかし今ではスーパーがネット通販によって潰されようとしています。特に過疎化した地方ではより深刻です。近所にスーパーがなくなってしまうため、車の運転ができなくなったらすぐに買い物難民となってしまいます。

――主人公はコンゴウ陸送の経営企画部課長、郡司清隆です。コンゴウ陸送の現状は、取扱量は増加していますが利益率が低下しています。その理由は大口顧客による配送料金のダンピング。それを是正しない限り未来はないと上司に進言した郡司は、営業部に異動させられ、利益率低下の元凶である外資系ネット通販会社スイフト・ジャパンの担当になります。

楡 ネット通販は最先端のテクノロジーを駆使して、とことん効率を追い求めてやっているIT企業の典型のように見えますが、とどのつまりは物流業なんです。情報だけは瞬時に行き交う世の中になりましたが、最終的に物を届けるには運送業者がいないと話にならない。アナログの極致で、すごく原始的なんですが、最後の行程を握っているところが本来は絶対的に強いはずなんです。

――しかし、そのいちばん強いはずの運送業者の状況が、現実でも悪化しているようですね。

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楡 コンゴウ陸送のモデルとなった大手運送業者は、全国を網羅した宅配便の配送システムを完備しています。つまり自社でインフラを作ってしまったわけです。そうすると固定的な維持費がかかってきます。そこで、利益を上げるために取扱量を増やさなくてはいけなくなる。物を運ぶ商売って、空気を運ぶより少しでも金になった方がマシだという考えが根底にあるんですね。そこで営業の問題が出てきます。

私も会社勤めをしていたからわかるのですが、営業以外のセクションの人間からみると、なんでこんな仕事を引き受けてくるのかということがよくありました。営業マンにはノルマがあり、上司から売上を上げろと散々言われる。そうすると利益率を考えずにノルマの達成のみに目が行くため、売上を確保するために大口顧客にとって無茶苦茶な好条件を出してしまう。そういうケースがすごく多いと思います。

――営業マンにとってはノルマ達成が至上命題でしょうからね。

楡 私がいた会社も、昼の十二時までに発注すれば夕方六時までに配送するなんてことを当たり前にやっていました。配送専用車両を契約しているんだから、使わないと損じゃないかという考え方で。しかしそのために、物流倉庫の中ではものすごい無駄が生じます。発注が読めないので人を張り付けておかなければならないし、急いで物を集めなければならない。イレギュラーな仕事が増え、倉庫内の作業効率が落ちる。それにエリア内の注文が少なければ配送コストがべらぼうな金額になる。そういう間接的なコストの意識が欠如している営業マンがすごく多くて、分析してみると売上は上がっても収益にはまったく結びついていないってことが多くありました。

それと同じことが、いまのネット通販の世界で起こっているのではないかと思っています。

▼誰も幸せにならない社会

――コンゴウ陸送もイニシアチブをスイフト・ジャパンに握られています。

楡 荷主と荷受人の力関係は、ふつう荷主の方が強い。顧客ですからね。そして荷受量が増えるにつれ、そのバランスがどんどん崩れていくんです。どんな商売でもそうですが、大量に扱うからもっと安くしろ、うちがお宅から手を引いてもいいのかという話になる。そうすると売上は上がっても利幅が下がっていくんですね。

もう一つ、従業員採用の問題もあります。長距離運転手のなり手がおらず、年齢も高齢化しています。大手の会社で、正社員として募集しても人が集まらないといいます。時間までに運ばなければならないという制約があり、それが身体の負担となるので嫌がられる。荷物があっても運ぶに運べない、という時代がもうすぐ来るでしょう。配送員も、私が住んでいる地区では外国人労働者が増えています。これはターミナルの仕分けや荷積みに携わる従業員も同様です。とにかく管理部門も含めて人材が不足している。だから必死になって大きなターミナルを建て、機械化して、人を使わない仕組みを考えて実行しています。しかしそのためには物流を増やさなければいけない。すると取引先に配送価格を下げられる、というジレンマに陥る。

――負のスパイラルですね。

楡 ちゃんとした対価が支払われないと人は集まらなくなります。長距離トラックの運転手の賃金は、ここ何年か下がりっぱなしです。将来の賃金が上がっていくのなら、なり手がいないわけじゃないと思います。

――楡さんが在籍していた会社の例を先ほど挙げてくださいましたが、それと同じことを日常的に行っているのが、スイフト・ジャパンであり、そのモデルになった通販会社なんですね。

楡 配送料無料が当たり前だと思ったら大間違いなんですよ。それを可能にするためにスイフトのモデルとなった会社は、巨大な倉庫を建て、安い労働力を大量に投入して休む間もなく注文品をピックアップさせている。たとえば一冊の本を宅配便で届けてそこから利益が上がることは、普通考えられないでしょう。大赤字の商売です。だけどなぜそれが商売になるかといえば、配送コストを安くして、労賃を安くして、ということをしているからです。そうでなければ本来、ビジネスになるわけがない。だからどれだけの労働者が搾取されてああいうサービスが可能になっているのかということを、私たちはもっと真剣に考えて、思いをめぐらすべきだと思います。

――スイフト・ジャパンは赤字経営ですね。

楡 モデルになった会社のビジネスモデルは、すべての流通を制覇してからたっぷりお金を回収しましょうというものです。彼らの会社に資金を投じている投資家は、その時がきたらたっぷり見返りをいただきましょうという目論見のもとで金を投じています。だから赤字を出しても平気なんです。

――特にアメリカの投資家は配当金目当てで株主の力が強く、目先の利益に追われて企業が長期的展望を立てにくいと聞きましたが。

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楡  私も過去の作品のなかでそのようなことを書きました。つまり新規事業なんて余計なことはするな、そんな金があるなら配当に回せと株主が言うんですね。企業側が、これをやっておかないと会社の将来が危ういと反論しても、そんなことは知らない、危なくなったら金を引きあげりゃいいんだって考えてるんですね。

――この会社は例外なんでしょうか。

楡 それは、将来がものすごく有望だからです。皆が第二のアップルになると思っている。その時株価はとてつもない額に跳ね上がる。だからがめつい株主連中も我慢しているのです。

――世界の流通を制覇するとは帝国主義的な考えですね。もしこれが実現してしまったら、どのような未来になるのでしょう。

楡 そこに現れるのは、誰も幸せにならない社会ですね。人ってすごく愚かなんですよ。地元の商店街が壊滅したのは、スーパーができて、皆が商店街を見捨てたから。だけどいまの日本の地方を見ればわかるのですが、過疎高齢化が進んでいけば大手資本のスーパーだって経営が成り立たなくなるわけですから、閉店してその土地からなくなってしまいます。すると買い物自体が困難になってしまう。

また、お金というものは使わないと回らないものだということも考えないといけません。経営者も内部留保ばかり増やしていないで、従業員にもっと還元する。派遣社員の賃金を上げる。そうやってもっと先が見える社会を作っていかないと、回り回って痛い目にあうのは、自分の会社であり、自分の息子であり、この社会を支えている次の世代だよ、ということを真剣に考慮する時期に来ています。

▼単純な発想だからこその実現性

――ネット通販に対抗するためのアイデアが本書の読みどころです。これから読む方の楽しみを奪わないために詳しくは述べませんが、時代がぐるっと一回転したような気にさせられました。

楡 私は経済小説のなかでいくつものビジネスモデルを提案していますが、どれも発想は単純なんです。単純だからこそ、このアイデアも現実的で、実際にやれると思っています。このアイデアを生かせば、配送費のダンピングも避けられ、収益率は上がります。さらに長距離輸送のドライバー不足を解消することもできる。荷物の配送が近距離で済むので、それなら運転手になろうという人も増えてくる。翌日配送にも無理なく対応できる。大きな施設も必要ないから、コストもかかりません。

――主人公が故郷の母親を訪ねた時に目にしたあるサービスが、ネット通販の鼻を明かすアイデアのヒントになったのは痛快でした。

楡 とはいえ、これもあくまでも中期的なビジネスモデルなんですけどね。長期的に見ると、日本は人口が減っていくので内需依存型の産業はすべて苦しくなります。しかし先述したように、物を運ぶ者がいちばん強い、アナログの極致がいちばん強いという事実は変わりません。日本の運送業、特に宅配便はものすごいシステムとノウハウを持っている。作中で披露したアイデアをもとにして世界に進出したら、日本を引っ張る成長産業になると思っています。たとえばアメリカ。あそこは移民も多く人口が減っていない。アメリカで全国展開をしているウォルマートなどの量販店の商圏単位で同じことをやれば、大きなビジネスになると思います。

運送業界を見ていると歯がゆくて仕方がないんです。自分たちが大きな武器を持っていることに気がついていない。大きなビジネスをやれる力を持っているのに、なぜネット通販の下請けをやっているのか。彼らが持っているノウハウと技術力を海外に持っていけばすごいことになるのに。運送業であることをとことん突きつめていくだけで、それ以外のビジネスの広がりがない。覇気と想像力が欠けているとしか思えません。いや本当に歯がゆいです。

――『プラチナタウン』で、老人向けのテーマパークタウン構想を書かれていましたが、似たようなことが国のプロジェクトとして動きだしましたね。

楡 発表から十年経って、『プラチナタウン』は現実の話、それも国策事業になろうとしています。本書のビジネスモデルも、ぜひ現実になってもらいたいと思っています。

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楡 周平(にれ・しゅうへい)
1957年生まれ。慶應義塾大学大学院修了。1996年米国企業在職中に書いたデビュー作『Cの福音』がベストセラーとなる。以降、同作は「朝倉恭介VS川瀬雅彦」6部作としてシリーズ化され、好評を博す。その他、『再生巨流』『ラストワンマイル』など、物流の世界に材をとった経済小説から、『フェイク』などコミカルなコンゲーム作品まで、時代を先取りしたテーマと幅広い作風で話題作を発表しつづけている。近著に『砂の王宮』『和僑』『ラストフロンティア』などがある。

取材・文|西上心太 撮影|菅原孝司

KADOKAWA 本の旅人
2016年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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