【聞きたい。】村上龍さん 『日本の伝統行事』 民衆が残したいものは残る

インタビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

【聞きたい。】村上龍さん 『日本の伝統行事』 民衆が残したいものは残る

[文] 村島有紀

1
村上龍さん

 「日本の伝統を大事にするのは、イデオロギーではない。明治維新では廃仏毀釈の大運動が起きたが、結局、寺も墓も彼岸の風習も残った。民衆が無くしたくなかったからだ。たとえ無自覚でも、その価値に気づいていたからだと思う」

 昭和51年の衝撃的なデビュー以来、時代を鮮やかに切り取り続ける人気作家が正月や盆、七五三などの年中行事、生け花や温泉といった日本文化をイラストと写真で紹介する英訳付き絵本を出版した。綾瀬はるかさんを表紙に起用し、ベストセラー絵本『13歳のハローワーク』と同様、はまのゆかさんがイラストを担当した。

 「知っているようで知らないのが日本の文化。なぜ神社で鈴を鳴らすのかなど、はっきりしないことも多い。日本に住む外国人の友人も、こうした本が必要だと言う。かつては存在したが今はないものも含め、行事の記憶を呼び起こしたいと思った」

 序文を書いたのは7、8年も前になる。故郷の長崎県佐世保市に帰省するたびに、変わりゆく街並みが気になった。商店街はシャッター通りに、郊外には大型店が…。佐世保に限らず地方都市は、金太郎飴(あめ)のように個性を無くしていった。

 「スーパーのなかった子供のころには年末に、佐賀県から餅つきチームがやってきて、お供え用の餅をついた。当時の餅つきは生活に根ざし、必要に迫られた行事。今のコミュニティー作りのための餅つき大会とは全然意味合いが違った」

 伝統行事を調べながら、その美しさと奥深さ、受け継いできた心に改めて気づいた。たとえば七夕。実現可能性のある願いを書き出す行為は、自分の願いを可視化すること。それが希望へとつながっていく。

 「行事が廃れた大きな要因は、言うまでもなく産業構造の変化で核家族化が進んだため。でも、民衆が残したいものは、形を変えても残る」(講談社・4500円+税)

 村島有紀

                   ◇

【プロフィル】村上龍

 むらかみ・りゅう 昭和27年、長崎県生まれ。51年に『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞。著書に『コインロッカー・ベイビーズ』『半島を出よ』『トパーズ』など。

産経新聞
2016年8月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク