[本の森 仕事・人生]『小説王』早見和真/『選ばれし壊れ屋たち』鹿島田真希

レビュー

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小説王

『小説王』

著者
早見, 和真
出版社
小学館
ISBN
9784093864404
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

選ばれし壊れ屋たち

『選ばれし壊れ屋たち』

著者
鹿島田, 真希, 1976-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163904351
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『小説王』早見和真/『選ばれし壊れ屋たち』鹿島田真希

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 売れない小説家と三流編集者がタッグを組んで、出版界に大波をたてる、勝負の一作に打って出る――。早見和真『小説王』(小学館)は、昭和の匂いすらする泥臭く熱い男たちの人間ドラマだが、夢の大きさを語るだけでなく、夢を叶える方法をロジカルに、ビジネス的観点から記述しているところが素晴らしい。そのひとつが、「小説なんて人の目に触れなければ誰も幸せにしない」という覚悟のもとで、読者=顧客の存在を徹底意識すること。それはブレるとか、顧客のニーズに擦り寄っていくのとはちょっと違う。自分たちの生み出したものが、自分たちとはまったく異なる環境を生きる他者(例えば、普段まったく小説を読んでいない人)にとって、どんな違和感を発生させるのか。余計なストレスになっている箇所はないか? それをチェックしカイゼンすることによって、自分たちの本当に届けたい価値を、読者に届けられるよう確率を上げる。一言でいえば彼らは、「読者の顔が見えている」。比喩ではない。それが実行できるようなシステムを構築し、登場人物たちが具体的に実践しているところが、この小説の何よりの美点なのだ。ビジネスパーソンにもおすすめです。

 天然漫画家や自称クリエイターや自意識過少の美女などなど、奇人変人列伝の趣がある鹿島田真希『選ばれし壊れ屋たち』(文藝春秋)の主人公もまた、売れない小説家だ。デビューしたものの次回作が書けない彼女は担当編集者から、ボーイズラブ小説の新人賞の下読みを頼まれる。素人のボーイズラブ小説を擬態した、作中作が超絶妙。原稿を読みながら、主人公が入れるツッコミも楽しい。例えばホストを登場人物に据えた作品を読んで一言、「後半、喘ぎすぎて、なにいってるのかわからないよ。最後の台詞なんて、ア行五段活用みたいになってるし」。三ツ星フレンチレストランを舞台にした作品に対しては、「ジェラートを舐めるように、肉体を舐める。さすがシェフだ。唇は、野菜のあんを皮で包んだみたい……って。これ餃子だよね」。ところが、なのだ。応募原稿を何作も読み継いでいくうちに、彼女は小説の真髄のようなものをじんわり理解し始める。小説を読む面白さとは、書き手自身も把握できていない無意識の欲望を読む面白さなのではないか、と。その目線から、自分が書いた小説をまなざしてみる。問題点が見つかる。書くべきことが見つかる。そして彼女は、筆を執る。

 小説家とは、小説を書くプロであると同時に、小説を読むプロでもある。自分の外側にいる読者はもちろん、自分の内側にいる読者の気持ちや視点を大切にすることから、ブレイクスルー・ストーリーが始まる。今回は「小説家」をテーマに二作を選んだつもりだったが、どうやら本当のテーマは「読者」だったみたいだ。

新潮社 小説新潮
2016年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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