天使の誘惑 新木正人 著
[レビュアー] 井口時男(文芸評論家)
◆時代の傷に自分重ね
著者は一九四六年生まれ。一九六〇年代後半の昂揚(こうよう)した新左翼運動に身を投じ、敗北し、リトルマガジンにいくつか印象的な文章を書き、やがて沈黙したらしい。当時の文章を中心に集めた本書は、初の著書にして遺稿集となった。
もともと「革命」だの「闘争」だのといった荒々しさには縁遠く、十代の頃から『更級日記』を愛読し、保田與重郎と日本浪曼派に心惹(ひ)かれていたという若者が新左翼運動に参加したのである。著者の傷は深く、かつ屈折している。
あえてまとめれば、テーマは「ナショナリズムと革命」ということか。著者がこだわる『更級日記』の少女は無垢(むく)なるものとしての、歌手・黛ジュンは傷ついたものとしての、ナショナリズムのあえかなシンボルなのだろう。しかし、どの文章も、直線的な論理を忌避するかのように、とりとめもなく崩れていく。その自壊のスタイルがユニークだ。
自分の傷を時代の傷に重ねて点検しようとしながら、傷口を開く手つきがそのまま傷口を隠す手つきに変じてしまう。体験を論理によって正当化しようとする行為をあさましく感じてしまうのだろうか。書きながら書いていることを恥じているような文章なのだ。若き日の太宰治を六〇年代末の状況に投げ込んだらこんな文章を書いたかもしれない。
一時代の青春の小さな記念碑である。
(論創社・3024円)
<しんき・まさと> 1946~2016年。「遠くまで行くんだ…」などの同人誌に所属。
◆もう1冊
江中直紀著『ヌーヴォー・ロマンと日本文学』(せりか書房)。フランスと日本の同時代文学を読み解いた遺稿論集。