「朝鮮人」のレッテルにもがく少女 パズルの鍵はどこに?
[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)
物語はアメリカ、オレゴン州で始まる。学校を退学するか決断を求められたジニは、五年前の一九九八年からの記憶を書き留めていく。日本の小学校から朝鮮学校に進学し、朝鮮語が不自由で当惑したが、親しい友達もできた。しかしどうしてもなじめないのが、教室に飾られた金日成と金正日の肖像画、そしてそれに見て見ぬ振りをする、他の生徒や教師の姿だった。
やがて北朝鮮のミサイル発射が報道されると、ジニは図らずも差別主義者たちに襲われる。執拗かつ陰湿に少女の心身を凌辱する手管は実に生々しい。
こうして本書は、ジニの個性を無視して「朝鮮人」というレッテルを貼り排除する日本社会の不条理を告発する。しかし同時に、「朝鮮人」に見られないよう、制服ではなく体操着で生徒を登校させる学校へのジニの違和感も描かれる。分かりやすく見せてしまう暴力と、見えないように振る舞うことの息苦しさ――そのどちらも耐えがたいのであれば、人はどうすればよいのか?
ジニのとった行動は、必ずしも見倣うべき正解を示すものではない。「私の物語から何かを学べるかもしれないなんて思ったら、とんだ大間違いだ」と彼女自身もはじめに断っている。では、日本で答えを得られず、未来も奪われた少女は、アメリカで希望を見出せたのか?
しかし、オレゴンの学校で彼女が体験したのは、「線の細い、透明な影を持った」男の子が授業中に突然泣き叫んでも、彼が存在しないかのように振る舞う教室の空気だった。都合の悪いものを視界から外してしまうのは、朝鮮学校もアメリカの学校も同じ――これは日本社会にも言えることだろう。
ジニはそれが許せない。しかし同時に、空気を読まない自分の行動が他者を傷つけるのも怖れている。そんな彼女のパズルを解く鍵は、きっと読者にある。読者がこれを、自分のパズルとして受け入れられるかどうかに。群像新人文学賞受賞作。