中国 虫の奇聞録 瀬川千秋 著  

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中国 虫の奇聞録

『中国 虫の奇聞録』

著者
瀬川, 千秋, 1957-
出版社
大修館書店
ISBN
9784469233186
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

中国 虫の奇聞録 瀬川千秋 著  

[レビュアー] 池田清彦(早稲田大学教授)

◆古来民衆の想像力を刺激

 ごく少数の虫好きの人を除けば、大半の現代人は虫に全く興味を示さないか、嫌悪感を抱くのが普通だろう。それは虫の形態や生態が現代人の理解を超えるからである。人間にはとても造れない複雑な形態はどうやってできるのか。生まれたと思ったらすぐに死んでしまうのに、何が楽しくて生きているのか。全く訳が分からない。コントロール可能な時空間でのみ生きている現代人は、訳が分からないことは、なるべく考えたくない。

 しかし、昔の人は違った。虫は無視するにはあまりにも沢山(たくさん)いたし、貴重なタンパク源であり、子供の遊び相手であった。その訳の分からなさは、虫に関する想像力をかき立てたはずだ。

 本書は、古代から近代にかけての中国の人々の虫に対する想(おも)いを、膨大な文献を渉猟してコンパクトにまとめたものだ。虫の生態に関する考察は、現代の昆虫学から見れば、ほとんど妄想に近いものが多いが、そこが面白いのだ。虫を通して考える妄想は、人々の願望や畏れの反映だからだ。虫を語りながら、皇帝から民衆までの当時の人々の生活を彷彿(ほうふつ)とさせる記述は、虫好きばかりでなく、歴史好きにも十分楽しめる。

 取り上げられている虫は、セミ、チョウ、アリ、ホタル、ハチ、トノサマバッタで、日本でも普通に見られるものばかりだ。ホタル以外は食用になったと書いてあるので、昔の人は虫をよく食べ、身近な存在だったのだろう。

 日本でも近年、食材としてのセミの魅力が認識されてきたが、昔の中国の人々は大量にセミを食べた反面、セミは高潔のシンボルであったというのが面白い。セミをデザインした冠飾りは権力のあかしでもあった。

 掉尾(とうび)を飾る飛蝗(ひこう)(トノサマバッタ群集相)の話はすさまじい。周期的に大発生する飛蝗は作物を食い尽くし、人々は飢えに直面し、権力の屋台骨を揺るがした。淡々とした筆致から人々の恐怖が伝わってくる。
(大修館書店・1944円)

 <せがわ・ちあき> フリーライター・翻訳家。著書『闘蟋(とうしつ)-中国のコオロギ文化』。

◆もう1冊 

 三橋淳・小西正泰編『文化昆虫学事始め』(創森社)。昆虫にまつわる食・文学・音楽・美術工芸・映画・民俗などの文化を紹介。

中日新聞 東京新聞
2016年8月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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