けっして他人事ではない、どこにでもある家族の光と闇を描く。〈インタビュー〉椰月美智子『明日の食卓』

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明日の食卓

『明日の食卓』

著者
椰月, 美智子, 1970-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041041048
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

けっして他人事ではない、どこにでもある家族の光と闇を描く。〈インタビュー〉椰月美智子『明日の食卓』

「小説 野性時代」で連載した衝撃の話題作、「明日の食卓」がついに単行本化! どこにでもいる三家族に起こる家庭不和と子どもへの暴力……その行き着く先は。作者である椰月美智子さんにお話を伺いました。

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◆夫婦間の問題と子どもへの虐待

――新作『明日の食卓』は別々の場所で八歳の息子を育てている三人の母親が登場します。彼女たちは子どもの名前がみな「石橋ユウ」という、漢字は異なるけれど読みが同じなのが特徴ですね。この物語の出発点はどこにあったのですか。

椰月 小説の題材は、その時その時で気になっていることを書くようにしています。現在小学四年生と二年生の息子がいるので、気になるといえば、その年代の子たちのこと。それで、自分の子どもたちについ手が出てしまうことについて書いてみたいと思ったんです。世の中にはおとなしくて聞き分けのいい子どももいると思いますが、うちの子はまったくそういうタイプではなくて(笑)。思わず感情的になって手が出てしまうことも多々あります。もちろん子どもに暴力を振るうのはいけないことですが、子どもに手を出すことが絶対悪だと言われる最近の風潮が息苦しいなとも感じていました。もしも、子どもがどうしようもなく手がつけられない場合に親はどうすればいいんだろう、と考えてしまう。そんな時に「夫婦についての話を書きませんか」という依頼をいただいて、夫婦間の問題と子どもへの虐待は関係があるのでそれらを一緒に書こうと思いました。

 三つの家庭を登場させたのは、全然違う家族を書きたかったからです。多くの方に共感してほしかったので、ある程度はどれも平均的な家族にしました。三人の子どもを小学三年生にしたのは、自分の子どもという身近なモデルがいたからです。いちばんやんちゃな年齢ですし。

◆異なるタイプの三人の母親

――三人の母親について伺います。静岡県に住む石橋あすみさんは三十六歳、家族は夫の太一、息子の優、離れに住む姑です。彼女は習い事に通うなど時間的にも経済的にも余裕のある専業主婦で、息子の優くんも優秀ですが、少しずつ家族の問題が浮き上がってきますね。

椰月 仲のよさそうな夫婦ですが、これは男性担当編集者の話を聞いて思いつきました。あまりの家庭円満ぶりが印象深くてモデルにさせてもらいました。もちろんだんだん不穏になっていくところは違いますが(笑)。

 あすみは働いておらず、家を整えることや子育てに一生懸命な人です。習い事で友達はできますが、学校関係のママ友とはあまり交流がない。それで、学校の子ども同士で問題が起きた時、それが親同士のトラブルにもなっていく。

――同級生のレオンくんという男の子のお母さんは元ヤンキーで、発達障がいらしき光一くんという男の子のお母さんは良識のありそうな印象。あすみさんは学校で問題が起きた時、彼女たちとのやりとりの中で、いろいろ動揺することになります。

椰月 光一くんのお母さんはなにも考えていないように見えて、でも実はちゃんといろんなことをわかっている人。あすみは無意識のうちに、光一くんのお母さんにどこかしら憧れを感じている。レオンくんのお母さんのようなすぐ文句を言ってくるタイプはわりとよく見かけます。最近は彼女のようなすごく若いお母さんか、年上のお母さんが多くて、中間の世代が抜けている気がします。

――愛らしくて優秀な優くんも、次第にちょっと違う一面を見せ始めますよね。もし自分が親だったら「育て方が間違っていたのか」と不安になるような性格を見せる。

椰月 やっぱり、もともとの性質が大きいと思うんです。よほどの虐待をされたなどひどい環境で育ったのでない限り、子どもの性格って、生まれもっているものが大きい気がします。一生懸命育ててきたのにそうなってしまった時、どうすればいいんだろうって本当に考えますよね。

――確かに、今回は「自分だったら何ができるだろう」と考えさせられるシーンがたくさんあります。さて、二人目の母親、フリーライターの石橋留美子さんは四十三歳、今は子育てに追われて開店休業状態。夫の豊はフリーのカメラマン、長男の悠宇くんが小学三年生、弟の巧巳くんが一年生。男の子二人はいつも一緒にはしゃいだり暴れたりして、家はもちろん電車やスーパーでは大変なことになってしまう。そんな時、夫の仕事が激減し、留美子さんがライターの仕事を再開して……という、この石橋家の賑やかさは、もしかして椰月さんのお宅に似ているのかな、と。

椰月 そうです、まさに(笑)。子どもたちのことはほとんど我が家と一緒です。うちはもう、絶対に二人一緒にはスーパーには連れていかないことにしています。

 ここでは夫の仕事が減り、奥さんが仕事を再開して忙しくなったら、夫婦はどうなるんだということが書きたかったんです。豊も子どもたちの面倒をみようとしますが、普段から接しているわけではないから、いくら言っても言うことを聞かない子どもたちといるうちに苛々がマックスになってしまうんじゃないかと思いました。子どもたちが手に負えなくて、時間もないし忙しいのに部屋の中はぐちゃぐちゃで……という時、親だって感情的になることはある。そういうことを留美子のところでは書きたいと思いました。

――そして、大阪に住む石橋加奈さんは三十歳のシングルマザーです。離婚してパートを掛け持ちする日々ですが、借金を抱えていることもあって、生活は苦しい。とても善良な人ですが、子どもが怪我した時の対処方法など、必要な情報を知らなかったりしますね。

椰月 ここでは働いても働いても生活が大変という家庭を書きたかったんです。貧困層の家庭についての資料なども読みましたが、シングルマザーで精神疾患と貧困を抱えている人たちも多い。加奈のようにシングルマザーでもここまで働いている人は少ないと思うので、加奈は偉いですよね。ただ、彼女はパソコンを使わないから自分で調べる手立てが何もなくて、子どもを育てるにあたって大切な自治体のお知らせだったり法律のことだったりがわからないことが多いんですよね。本当に情報が必要な人のところにその情報がいかない、ということはすごく多いと思います。

――加奈さんの息子の勇くんもまた、ものすごくいい子ですよね。嫌なママ友も登場しますが、周囲に理解ある大人もいて、この石橋家には泣かせるエピソードがたくさんあります。

椰月 本当はもっと不穏な展開にするつもりでしたが、ここは聖域のような気がして、なかなかそうなりませんでした(笑)。

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◆後半に用意された驚きの事実

――後半になって、どこかの石橋家で起きた虐待事件の記事が挿入されます。どの石橋家で起きたのかは、少しずつ明かされていく。一気にミステリー色が濃くなって驚きました。この仕掛けは、現実のどの家庭でもふとした拍子に事件が起きうる、という強烈なメッセージになっていますね。

椰月 後半、「石橋ユウ」のいるどこかの家庭でニュースになるような事件が起きることは決めていたんですが、前半を書いている時はどの家庭でそれが起きるのかは決めていませんでした。

――後半のあの驚きの展開を最初は決めていなかったんですか!

椰月 自分でもどうなるのかなと思いながら書き進めていったんです(笑)。記事を冒頭に置く方法もありましたが、それは前に書いた『伶也と』でやってしまったことなので、今回は変えてみました。

 自分が虐待事件の記事を読んでいると、やっぱりその裏に何があったんだろうというところが気になります。そこに至るまでの彼らの日常をいろいろと考えてしまいます。結果だけを見てもわからないことがあると思うんです。

――ちょっと話はずれますが、今年五月に起こった、親に山中に置き去りにされた男の子が助かったニュースはどうご覧になったのですか。

椰月 本気で心配しました! でも絶対に生きているだろうとも思ったんです。うちの子も危険だと思ったところには行かないので、どこか安全な方向に行ったんだろう、って。お父さんがすごく責められていて、確かに山中で車から降ろすことがよいとは言いませんが、本当にちょっとしたことが、あそこまで大きくなってしまったんだと思うんですよね。

 みんな、一生懸命自分の子どもを育てていると思うんです。そんな中で、つい手が出てしまうこともあるかと思います。あえて言わないだけで、多くの親は子どものお尻を叩くくらいのことは日頃からしてるのではないかと。でも、たとえ手を上げたとしても、みんな子どもが好きだと思うし、大事に思っているのは同じだと思います。

――タイトルの「明日の食卓」にはどんな思いを託されたのでしょうか。

椰月 タイトルはかなり悩みましたが、未来に続けばいいな、明日の食卓が楽しいものになったらいいなという希望をこめました……と話しながら、今すごくきれいごとを言っている気がします(笑)。

 ここに出てくる石橋家はみんな、いい方向に変わっていってほしいなと思います。母親たちはみんな強くなっていきますよね。でも、父親たちは甘えています。そこがすべての発端なんじゃないかと思いました。甘えている父親たちには、「しっかりして!」と言いたくなります。

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――確かにここに出てくる家庭は、父親が家のこと、子育てのことに無関心だったり、彼ら自身がまだ幼かったりしますね。加奈さんのところは父親不在ですし。

椰月 夫が子育てや家庭のことに目を向けて奥さんと一緒に動いてくれれば、虐待は起きないんじゃないかという気がします。母親のイライラが子どもに向かうのは、夫へのストレスからくることも多いと思います。シングルマザーになった理由だって、元をただせば夫との関係ですよね。

 一方母親のほうも、どんなに駄目な夫でも諦めきれないところがある。いつかきっと、という幻想を捨てられない。

 でもとにかく、まずは男の人には自覚を持ってほしい。書き終えて読み返した時に思ったんですが、これは世の夫たち、父親たちに対する警告の書です(笑)!

椰月美智子(やづき・みちこ)
1970年神奈川県生まれ。2002年『十二歳』で第42回講談社児童文学新人賞を受賞してデビュー。『しずかな日々』で第45回野間児童文芸賞、第23回坪田譲治文学賞を受賞。著書に『フリン』『るり姉』『消えてなくなっても』『伶也と』『14歳の水平線』『その青の、その先の』などがある。

取材・文|瀧井朝世 撮影|ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2016年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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