明文堂書店石川松任店「見たくないものを、見る。」【書店員レビュー】

レビュー

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彼女が死んだ夜

『彼女が死んだ夜』

著者
西沢, 保彦, 1960-
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344411449
価格
712円(税込)

書籍情報:openBD

明文堂書店石川松任店「見たくないものを、見る。」【書店員レビュー】

[レビュアー] 明文堂書店石川松任店(書店員)

箱入り娘の浜口美緒(通称《ハコちゃん》)は、両親に門限六時を課せられるシーラカンス的な女子大生だ。そんなハコちゃんだったが、厳格な両親をくどき落としてアメリカへのホームステイの許しをえることができた。渡米を明日に控えた夜、彼女は帰宅した自宅で女性の死体を発見する。その日、彼女は親戚の突然の不幸で両親がいないのをいいことに門限を破っていた。門限破りがばれて憧れの渡米が中止になるのは嫌だと思ったハコちゃんは、ある自己中心的な方法を思いつく。
本書は西澤保彦を代表するシリーズ《匠千暁シリーズ》(解説に倣って、そう呼ぶことにします)の長編第一作に当たります。
いきなりで申し訳ないのですが、小説に関係ないひとりの少年の話をします。
バレンタインデーの日に放課後の学校で好きな女の子から包装された箱を渡された彼は、わくわくしながら家へ帰る途中ふと家族に見られるのが恥ずかしいなと思って公園に寄ります。どきどきしながら包みを開けると、中にチョコはなく一枚の紙が――。記されていたのは、《期待した?》という明らかにからかいの意味が込められた一文。
……『彼女が死んだ夜』を読んでいる時、そんな光景が頭に浮かびました。実話ではなく、想像ですよ(笑)。まぁなんというか……そんな残酷な現実に突き落とされるような感じがあったのです。優しげで楽しい雰囲気の中に、絶望的な苦さがあります。大学生の友人グループ内で起こった出来事ということもあって、会話自体は楽しげな推理談義の中に、当事者ゆえの暗さが付き纏います。
この作品には見たくない嫌なものが容赦なく描かれています。でもそれは見えないようにされると気持ちが悪くて仕方のないものでもあります。その見たくないものを見た時、もちろん息が詰まるような苦しさもあるのですが、同時に安堵もするのです。それはどんなに残酷でも真実から目を背けてはいけないという義務感(正義感とは違う気がします)が心のどこかにあるからなのかもしれません。奇妙な謎と意外な結末も素晴らしく、とても魅力的な作品です。

トーハン e-hon
2016年8月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

トーハン

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