古今東西、壮大なる食の歴史

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古今東西、壮大なる食の歴史

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 過去五千年の間、料理や食文化はどのような変遷を遂げてきたのか――本書はこんな問いに立ち向かう気宇壮大な書だ。前提として強調されるのは、紀元前千年より主食となりえたのは穀類食文化のみで、十九世紀末まで全体的にこの傾向が続いたという点。これは穀類の栄養対重量の割合が格別に優れていたことによる。古代食の考察に続いて、「古代帝国の牲(にえ)としての大麦・小麦食文化」「仏教が変えた南アジアと東アジアの食文化」「イスラム文化が変えた中央アジアと西アジアの食文化」「キリスト教が変えたヨーロッパとアメリカ大陸の食文化」などが章別に採り上げられる。ローマ帝国の兵士は自ら小麦を挽きパンを焼くために回転式石臼を遠征に持参した。兵士たちへの食糧供給システムの確立がローマ帝国の拡大を支えたのだ。またイギリス海軍では戦死者よりも壊血病の死者の方が多かったが、十八世紀後半より食事の改善により海上で過ごせる期間が延び、他国海軍より優位に立つことで海の実権を握ることが出来た。改良された食文化は国境を越えて広がる。日本の食文化にもかなりの著述が割かれ、『源氏物語』、栄西『喫茶養生記』、村井弦斎『食道楽』などが引用されている。また、京都の織物商・伊谷市郎兵衛がヨーロッパへ料理修業に行き、自宅でフランス料理店「萬養軒」を開いた際に使われた銀製食器は、モンテカルロで博打に勝った金で買った物だったという驚くほど詳細な情報なども盛り込まれている。当然ながら最終章ではハンバーガーに代表されるファストフード文化、食品の工業製品化、スローフード運動などが考察されている。全体を通じて著者の「人間は料理する動物である」「食べ物を選べる自由ほど、人間の独立を体現しているものがあるだろうか」という信念が伝わってくる。食にまつわる無数の蘊蓄はもとより、微に入り細に入り紹介される古代から現代に至る古今東西の料理で満腹感も味わえる。

新潮社 新潮45
2016年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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