ひたすら黒い“イヤ社会風刺小説”、略して“イヤ風”

レビュー

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反社会品

『反社会品』

著者
久坂部, 羊
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041045916
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

ひたすら黒い“イヤ社会風刺小説”、略して“イヤ風”

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 黒い。黯い。黔い。黮い。

 はてしなくグロく、どす黒い。

 久坂部羊の最新刊『反社会品』は、そういうブラックな(という形容ではとても足りない)七編を収める連作集。題名のとおり、テーマは社会。ここ数年、“イヤミス”(読んでイヤな気持ちになるミステリー)が流行してますが、本書の場合はさしずめ“イヤ社会風刺小説”、略して“イヤ風”か。ヤッフー!と読むと陽気な感じになりますね。

 世間のあんな人やこんな事件を(ほとんどそのままのかたちで)そのまま俎上に載せ、まことに深刻かつリアルな社会問題を身も蓋もなく切り刻む。小説とはいえ、ここまで書いていいの? と読みながら居心地が悪くなりますが(とくに最初の二編)、最後まで読むと不思議にスカッとする。胸の奥に溜まる黒い澱を吐き出してスッキリした気分。ィヤッフー!

 と、話の順序が前後したが、著者の久坂部羊は、ご承知のとおり、医療小説のトップランナー。一昨年は『悪医』で第三回日本医療小説大賞を受賞。昨年は『無痛』と『破裂』がフジとNHKで同時期にTVドラマ化されて話題を集めた。デビュー長編『廃用身』のときから、人間の暗黒面を直視し、並の作家なら避けて通りそうな危険領域にあえて突っ込んでいく大胆な作風が光る。著者いわく、

〈私の小説は得てしてグロテスクで、イヤな終わり方をします。それは残酷で理不尽な医療現場を知っているので、簡単にハッピーエンドが書けないからです。/現実が厳しいからこそ、フィクションの世界で甘い夢を見たいという人も多いでしょう。しかし、感動的な小説を読んで、現実もなんとなくそうなると思う読者がいたら、それは医療小説の大きな“罪”だと思います。〉(《波》二〇一四年七月号「医療小説の“罪と罰”」より)

 その“グロテスクで、イヤな”部分を七つの短編にぎゅっと凝縮したのが本書。手法はさまざまで、頭の「人間の屑」と三話目「占領」は現実から大きく離れた社会を物語に導入する。前者は、心の病気で働かないヤツは人間の屑だと主張し、『甘ったれるな! 日本』をスローガンに“強い日本”を目指すカリスマ首相(その名も折尾真治郎)率いる「愛国一心の会」が牛耳る社会。後者は、圧倒的な票数を背景に手厚い福祉を受ける優雅な高齢者層“エルダリアート”と、彼らを支える若い現役世代“フルジョブシー”に二極化した社会。ともに、往年の筒井康隆を思わせる、極端に戯画化された、ブラックで危険な笑いが特徴だ。

 さらにイヤ感が強いのは、現実の医療の現場をリアルに描く短編。「無脳児はバラ色の夢を見るか?」はロート症という架空の疾病を題材にしつつ、出生前検査にまつわる生々しい問題と正面から切り結ぶ。胎児が重い障害を持つという検査結果が出たとき、家族はどう決断するのか。胎児が無脳だとわかっても担当医やジャーナリストから産むことを強く勧められるという極端な状況を設定し、センシティブな論点をあからさまにする。

「命の重さ」は、骨髄バンクへの登録を上司から半ば強制的に求められた気の弱い公務員が主人公。登録だけのつもりが、なりゆきでドナーになることも承知させられ、移植手術のリスクを知った母親からは、「苦労してここまで大きくしたのに」「親不孝にもほどがある」と責められ、四面楚歌の状況に……。

 それに比べると、妻から妊娠を告げられた男が、一卵性双生児の弟の子じゃないかと疑う「不義の子」は、ダークながらミステリ的によく考えられてて、どんでん返しもきれいに決まる。

「のぞき穴」は幼少時の覗き体験でその後の人生が決まってしまった医師の(ある意味豪快な)半生記。巻末の「老人の愉しみ」は、実の子たちから金銭ばかりあてにされる裕福な元勤務医が、なじみのバーで奇妙な(個人的な)“愉しみ”を見つける物語。ツイストの効いたオチが本書全体を鮮やかに締めくくる。さまざまな“黒”を極めた、大人のための短編連作集。

KADOKAWA 本の旅人
2016年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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