実話誌にはない、すぐそこにあるヤクザのライフ
[レビュアー] 都築響一(編集者)
ヤクザ系実話誌、というジャンルがあって僕も嫌いではないのだが、いったいだれが読むのだろうといつも思う。大組織の親分同士の杯外交とか、昔ながらの任侠道でシャブは御法度、みたいな話を読んで、どれだけおもしろがれるのか、よくわからない。それはある種の歴史ファンタジーか、RPGゲームを楽しむような感覚だろうか。
そういう伝説というか、実話誌が描くフィクションに近いヤクザ世界とちがって、「すぐそこにいるヤクザ」のことを教えてくれるのが『ヤクザライフ』だ。
僕らの多くが知っている(つもりの)ヤクザとは、前述した実話誌や映画のなかのヤクザであって、現代のリアルなヤクザは、実は僕らのすぐそばにいるけれど、僕らには彼らが見えていない。
ダメな上司(親分)に悩まされたり、すぐ辞めてしまう若者(若い衆)に振り回されたり、SNSを駆使してコミュ力を磨いたり……そんなふうに表社会の投影でもある「見えてないリアル・ヤクザ・ライフ」が、実はこんなにも興味深い日々だということを、本書は教えてくれる。そしてこんなヤクザのリアリティを教えてくれるジャーナリストは、僕が知るかぎり上野友行のほかにひとりもいない。
すぐそこにあって、でも見ることができない世界をパラレル・ワールドと言うのなら、『ヤクザライフ』が僕らの眼を開かせてくれるのは、2016年の日本のすぐそこにあるのに、ふだんは見ることも、気がつくこともできないままでいる裏社会のパラレル・ワールドだ。
ずっと昔、街の名画座で高倉健の任侠映画を観た男たちが、なんとなく肩をそびやかして歩きたくなったように、『ヤクザライフ』を読んだあとで歩く夜の繁華街には、もしかしたらいつもとちがう匂いがするかもしれない。
いつもより少しだけひんやりする空気感が。