伊勢と出雲 岡谷公二 著  

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伊勢と出雲

『伊勢と出雲』

著者
岡谷 公二 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/宗教
ISBN
9784582858211
発売日
2016/08/16
価格
858円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

伊勢と出雲 岡谷公二 著  

[レビュアー] 佐藤洋二郎(作家)

◆「鉄」を切り口に古代史探る

 一般に天神地祇(てんじんちぎ)の「天神」は天津神、「地祇」は国津神を指す。その天津神は高天原から降臨した神、国津神は葦原中国(あしはらのなかつくに)に誕生した土着の神といわれている。神話ではこれらの神々が国を造ったということになるが、著者は当時の先端技術である「鉄」を背景に、古代史を浮き上がらせる。実際、青銅と違い、鉄は武器、農具、船造りとあらゆるものに利便性がある。そして伊勢も出雲もその一大産地だった。

 伊勢の地名の元になっている伊勢津彦、当地の支配者だった国津神の猿田彦、あるいは諏訪に逃げた建御名方(たけみなかた)、および神武進出時に殺された長髄彦(ながすねひこ)の類似点を探りながら、本書はこの国の成り立ちを探ろうとする。国津神の彼らは伊勢と強い関わりを持つ神々で、伊勢が出雲族の支配下にあったことがわかる。そこを手中にしたのが天孫族ということになるが、伊勢は鉄や水銀など多くの鉱物が取れる土地だ。倭姫命(やまとひめのみこと)が丹後からその地に入るまでの巡行も鉄の生産地を通っていると詳述し、新しさが感じられた。神武「東遷」ではなく「東征」だったと見えてくる。

 この国は神社名や地名の変更、合祀(ごうし)を繰り返してきたため、出雲系の神々や国津神系の神社が探しにくくなっている。それらのことを正しく提示することによって、新たな「歴史」を知ることができると考えている者には残念なことである。なぜ出雲大社の主祭神が、江戸時代までは須佐之男命だったのか、JR出雲駅の隣の「知井宮(ちいみや)駅」がどうして「西出雲駅」と改称されたのか。『出雲国風土記』の国引き神話に登場する八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと)を祀(まつ)る神社の名前が、なぜ明治以降は「長浜神社」と変わったのかなどと、この書物を読みながら考えさせられることが多かった。

 本書は「鉄」という切り口で古代史に光を当てているが、それらに関わる神社という物的証拠はいくらでもあるのに、歴史を確固たるものにする文字がない。改めて神社には秘密が隠されていると知らされた。
(平凡社新書・842円)

 <おかや・こうじ> 1929年生まれ。跡見学園女子大名誉教授。著書『南海漂蕩』。

◆もう1冊 

 村井康彦著『出雲と大和』(岩波新書)。出雲の勢力が早くから大和に進出し、邪馬台国を立てたのも出雲だったとの視点で古代を描く。

中日新聞 東京新聞
2016年9月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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