『すべての見えない光』
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ピュリツァー賞受賞 盲目の少女と孤児の少年の出会い
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
小説が、五感に働きかけてくる。
はじまりは一九四四年八月、フランス・ブルターニュ地方のサン・マロという海辺の町が舞台である。連合国軍とドイツ軍との戦いで破壊しつくされるこの町で、主人公のマリー=ロールとヴェルナーは出会うのだが、「第〇章」ではまだ二人は出会っていない。
続く「第一章」で、時は十年遡る。パリのアパルトマンで父親と暮らすマリー=ロールは、六歳で視力を失う。ドイツの孤児院で育ったヴェルナーも、家族は妹だけ。戦争という非常時には、もっとも弱い立場に置かれる二人だ。
五百ページを超す長篇の中に、二人に流れる時間の断章が交互に配される。子供の泣き声や、鍵の束がたてる音。世界の感触が緊密に書き込まれる。博物館に勤めるマリー=ロールの父親は、娘が触って確かめられるようにパリとサン・マロ、二つの町の模型をつくる。この模型はナチスの財宝探しともかかわり、第三の人物を招き寄せることになるが、その細かな模型づくりを連想させる正確さで切り取り、配し直して、作者は自分の知らない戦時下の時間を再びいきいきと流れさせる。
別々の、小さな世界に生まれ育ったマリー=ロールとヴェルナーを引き寄せるのは、戦争と、外へ向けられた二人の好奇心である。ラジオ修理の技術を通して工学の才能を見出され、上級学校に進んだヴェルナーは思いがけず前線へ送り出され、やがてマリー=ロールの大叔父の家から発信されるレジスタンスの無線をとらえることになる。
刻一刻と戦局は苛酷さを増すのに、運命は二人を翻弄し続け、少年が少女に出会う決定的瞬間はなかなか訪れない。ともに過ごせる時間は、短くとも生の輝きにあふれている。苦しむことのみ多く、大きな歴史の流れにただのみこまれるしかなかったヴェルナーの人生の、一点の明るさともなっている。ピュリツァー賞受賞作。