物づくり、工学的視点から見た「日本刀」のスゴさ

インタビュー

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物づくり、工学的視点から見た「日本刀」のスゴさ

[文] 臺丸谷政志

昨年リリースされた、日本刀を擬人化したイケメンキャラを育てて敵と戦うオンラインゲーム『刀剣乱舞』以来、日本刀にハマる「刀剣女子」が増えています。2016年10月からは、『刀剣乱舞』のテレビアニメがスタートするなど、今後もますます日本刀に注目が集まりそうです。しかし日本刀に興味があるものの「必ずしもその内容はよく理解していない」「日本刀とは何かを知りたい」という方も多いのではないでしょうか? 『日本刀の科学』(サイエンス・アイ新書)の著者であり、衝撃工学、熱応力の専門家である室蘭工業大学名誉教授の臺丸谷政志さんに、物づくりや工学の視点から見た日本刀のスゴさを伺いました。

■なぜ日本刀は身近な存在に感じられるのか

――日本刀について。
 日本刀といえば、何となく身近な存在として感じている方も多いように思われます。映画やテレビドラマの時代劇は、日本刀なしでは成立しないでしょう。確かに、映像としては身近です。しかし、1876年に廃刀令が公布されてからすでに140年ほど経ており、愛刀家や真剣を用いた居合道などを実践されている方々などを別にすれば、一般的には遠い存在になっています。

――でも、日本刀にまつわる言葉は数多くありますね。
 日本刀には1000年の歴史があり、日本文化に深く根付いています。ですから、私たちが特にそれをイメージせずとも、ごく自然に使う日本語の中に日本刀にまつわる言葉も多くあります。

 たとえば「真剣勝負」「一刀両断」「単刀直入」「切羽詰まる」「鐔迫(つばぜ)り合い」「鎬(しのぎ)を削る」「反りが合わない」「折り紙付き」「助太刀」「両刀使い」「伝家の宝刀」など、枚挙にいとまがないほどです。これも、我々が日本刀を身近な存在として感じている一因かもしれません。

――そもそも「日本刀」の定義は?
 「玉鋼(たまはがね)」および伝統的な「鍛冶・鍛錬法(かじ・たんれんほう)」によってつくられた刀剣類の総称が「日本刀」です。刀剣類には、太刀(たち)、刀(かたな)、脇差(わきざし)、短刀(たんとう)、剣(つるぎ・けん)、長巻(ながまき)、薙刀(なぎなた)、槍(やり)などがあり、太刀や刀の代名詞にもなっています。

katana01図1●写真:臺丸谷政志撮影

 図1のAの日本刀は「刀(打刀ともいう)」で、刀装のことを拵(こしらえ)といいます。江戸前期に作刀された寛文「新刀」と呼ばれる約400年前の比較的新しい刀です。慶長以前に作刀されたものを「古刀」といいます。Bは鞘(さや)を抜いた姿で、Cは刀身、目釘を抜いて分解した状態です。

 刀匠(刀工)の仕事は刀身の製作で、刀刃の研ぎは研師(とぎし)、拵の刀装品などは、鞘師(さやし)、鐔師(つばし)、白銀師(しろがねし)、柄巻師(つかまきし)、塗師(ぬりし)などの専門職人の仕事になります。日本刀の鑑定や鑑賞は、普通、拵を外した刀身のみが対象になります。

■武器としての“機能美”

――日本刀は本来、「武器」ですよね?
 現在、日本刀は美術工芸品として、主に鑑賞の対象になっていますが、いうまでもなく本来は日本固有の武器です。日本刀の出現は平安中期といわれ、その製作技術は1000年におよぶ長い伝統をもち、鎬造り(しのぎづくり)の彎刀(わんとう)に代表されるように独自の形態と機能を備えた、我が国特有の武器です。

 日本刀は武器ですが、その機能美も重要視され、時代とともにその社会的存在の意味も変遷してきました。江戸期には武器としての存在のみならず、社会的地位や身分を表す象徴的存在となり、一方で「武士の魂」「精神的な拠り所」といわれるように神聖視もされました。

――確かに素人でも日本刀を美しく感じます。
 日本刀の機能美は、武器としての機能を追求した極致であり、高い伝統技術にもとづく、我が国における最も優れた鋼(はがね)の美術工芸品に昇華されています。日本刀の機能美と武器としての科学的合理性は表裏一体です。

――具体的にいうと?
 たとえば、「焼入れ」は、日本刀に命を吹き込むともいうべき作刀の要(かなめ)です。焼き入れによって「反り(そり)」と「刃文(はもん)」が同時に生じ、それらは日本刀の美しさの特徴になっています。しかし、焼入れの本来の目的は「武器として強靭で、切れ味の鋭い日本刀の製作」です。

katana02図2●写真:堀井胤匡刀匠

 図2の太刀には、茎(なかご)から区(まち)付近で大きく反っている「腰反り」と呼ばれる反りが見られます。茎(なかご)や区(まち)の近くの腰の部分は別としても、刀身の中央付近から鋒(きっさき)にかけての一様な曲率の反りは、焼き入れによって生じたものです。なお、写真の左側の柄(つか)が装着される部位を茎といい、鐔が取り付けられる茎と刀身との境界部分を区といいます。

――なぜこの写真(図2)では、刃が上を向いていたり、下を向いていたりするのですか?
 太刀は「佩刀(はいとう)」といって「刃が下を向く」ように腰に吊るします。打刀や脇差は「刃が上を向く」ように帯に差します。これは「帯刀(たいとう)」といいます。写真は上から短刀・脇差・太刀を展示した写真ですが、博物館などでも、ちょうど佩刀・帯刀したときと同じ姿で展示されています。太刀は刃が下を向くように、刀・脇差・短刀は刃が上を向くようになっているのです。

■科学的視点から見る日本刀の「強靭さ」と「美しさ」

――刃文についても教えてください。

katana03図3●写真:銀座長州屋

 図3の刀の刃文は「湾れ(のたれ)」といわれます。美術工芸品としての評価には、反り、刃文に加え、この写真ではよく見えませんが「鍛え肌(きたえはだ)」も重要です。さらに刃境には「沸(にえ)」や「匂(におい)」と呼ばれる焼入れ文様も見られます。これらは刀剣の重要な鑑賞要素になっていますが、すべて焼入れによる玉鋼の「相変態(そうへんたい)」に起因しています。

――焼入れによる「相変態」とは何ですか?
 鉄の結晶構造の変化を「鉄の相変態」といいます。焼入れでは、「火造り」(小槌で叩きながら日本刀の形状を打ち出していくこと)によって刀姿がほぼ決められた刀身に、「焼刃土(やきばつち)」が塗られます。刃になる部分には焼刃土を薄く、棟側には1mm程度に厚く焼刃土を塗ります。続いて「火床(ほど)」で800℃程度に刀身を一様に加熱し、「船」と呼ばれる水槽に一気に沈めて、急冷します。このとき、玉鋼の相変態によって反りと刃文が同時に生じます。

katana04図4●冷却速度の違いによる鋼の相変態

 図4は、冷却速度の違いによる鋼の相変態です。図面の縦軸は温度(℃)、横軸は鉄鋼中の含有炭素量(%)です。

 焼刃土が薄く塗られた刃部は急冷されて、鉄鋼では最も硬い「マルテンサイト」という鋼組織に変態し、焼刃土が厚く塗られた棟側と刀身内部は除冷されて「パーライト」と「フェライト」という、軟らかく延性や靭性が大きい結晶組織になります。したがって、刃の部分は硬くてよく切れ、刀身全体としては柔軟性がある「強靱で折れにくい日本刀」がつくられます。

 日本刀の強靭さについてのメカニズムは、拙著『日本刀の科学』(サイエンス・アイ新書)で詳しく解説していますが、刃側の部分は体積膨張が大きなマルテンサイト、棟側はそれに比べて体積膨張が小さいパーライトに変態する結果、刀身は湾曲変形します。すなわち、「日本刀の反りは、力学的バランスによって生まれた造形」といえるのです。

SBクリエイティブ
2016年9月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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