『わが町』 アメリカ人の“心の故郷”はスモールタウン

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『わが町』

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 アメリカというとすぐにニューヨークやロサンゼルスのような大都市を思い浮かべてしまうが、アメリカ人の心の故郷は実はスモールタウンだという。

 ワイルダー(一八九七─一九七五)のこの戯曲はアメリカの普通の人々が暮すスモールタウンへの讃歌。一九三八年にブロードウェイで上演され好評を博した(ピュリッツァー賞受賞)。日本でもよく上演される人気作。

 二十世紀初頭、ニューハンプシャー州の小さな町に住む人々の物語。全三幕。

 町の人口はせいぜい三千人ほど。鉄道の駅があり、ドラッグストアや食料品店が町の人の憩いの場所。高校を出た若者の九十パーセントが町に残るというからいい町だと分かる。

 朝、一家の主婦たちは家族の食事の支度を始める。新聞配達の少年が新聞を配る。牛乳配達が馬車に牛乳を積んでやって来る。朝の清潔感が伝わってくる。

 ワイルダーは英雄や権力者、大金持や犯罪者などは登場させない。あくまでも実直な町の人々を大事にする。

 物語の中心は恋。医者の息子ジョージと、町の新聞の編集長の娘エミリーは幼なじみ。高校を卒業すると、ごく自然に結ばれる。ジョージは農場で働くことになる。スモールタウンの子供らしい。

 実はこの戯曲は当時としては型破りの手法を取っている。まず舞台装置がほとんどない。現在では別役実の舞台に見られるように珍しくはないが、三〇年代の観客は驚いたのではないか。

 さらに進行係(舞台監督)が登場し、町や人物の紹介をする。医者の奥さんはこのあとまもなく死ぬとか、新聞配達の少年はのちに第一次世界大戦で戦死するというように。死が平穏な日常のなかに見え隠れしてくる。

 そして圧巻は第三幕。町の墓地が舞台になり、そこに死者たちが登場し、思い出を語り、静かに遠い世界へと去ってゆく。粛然とする。町の人々のすべてが心に深く刻まれる。

 一九四〇年にサム・ウッド監督で映画化。またワイルダーはヒッチコックの「疑惑の影」(一九四三)の脚本に関わった。

新潮社 週刊新潮
2016年10月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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