不眠、鬱、癌… モームからアップダイクまで「病」アンソロジー

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病(やまい)短編小説集

『病(やまい)短編小説集』

著者
へミングウェイ [著]/W.S.モームほか [著]/石塚 久郎 [監修]
出版社
平凡社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784582768466
発売日
2016/09/12
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

モームからアップダイクまで はずれなし!のアンソロジー

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 平凡社ライブラリーのアンソロジーにはずれなし! 『ゲイ短編小説集』『レズビアン短編小説集』『クィア短編小説集』。毛色の変わったテーマのもと、当代一流の目利きによって、有名どころからマイナーポエットまでさまざまな作家の名品を収録した傑作選になっているのだ。そこに新たに加わったのが『病短編小説集』。「消耗病・結核」「ハンセン病」「梅毒」「神経衰弱」「不眠」「鬱」「癌」「心臓病」「皮膚病」の主題を変奏した十四作が収められている。

 サマセット・モームが書いたスパイもの、アシェンデン・シリーズからの一編「サナトリウム」。ジャック・ロンドンによる、ハンセン病患者の強制隔離措置を告発するタッチの作品「コナの保安官」。放蕩ではなく遺伝による梅毒感染の悲劇を描いたコナン・ドイルの「第三世代」。フェミニスト文学としても名高いけれど、この小説を読んだ後では模様のある壁紙が怖くて正視できなくなるという意味で真正ホラー小説としても楽しめる、S・パーキンス・ギルマンの「黄色い壁紙」。ヘミングウェイのあまりにも有名な掌編「清潔な、明かりのちょうどいい場所」。

 など、気になる項目や作家から読みはじめるのが楽しい一冊だが、わたしが熱烈推薦したいのはドリス・レッシングの「十九号室へ」と、ジョン・アップダイクの「ある『ハンセン病患者』の日記から」だ。知的な専業主婦がじょじょに陥っていく鬱状態を説得力十分に描き、心胆を寒からしめる前者。作者自身の乾癬体験をもとに、陶磁器作家の創作と恋愛を、病気の治療の過程とシンクロさせる筆致が鮮やかな後者。どちらも、小説の技巧が冴えわたっているので、今読んでも新鮮な読み心地が味わえるはずだ。

 また、病気という個人的な体験を通して、作品が書かれた当時の社会の実相が垣間見えるのも興味深い。文学的にも社会学的にも貴重なアンソロジーなのである。

新潮社 週刊新潮
2016年10月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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