『ヒト―異端のサルの1億年』
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「サル」を観察して「ヒト」を知る名著
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
人間とは何か。この問いに立ち向かうにはさまざまなルートがある。遺伝子を解析する、化石を発掘する、宗教や芸術を研究する、などなど。しかし著者にとっては、「ひたすらにサルを観察する」ことがそのルートだ。島泰三『ヒト―異端のサルの1億年』は、情熱あふれる名著である。
ゴリラやチンパンジーの暮らしをただじっと見続ける。その「見方」のなみなみならぬ熱意は、きっと読者に伝染する。大型の霊長類の生態はおどろくほど人間に似ているが、「ヒト・サル共通」の特徴をひとつひとつ知ることで、やがてサルからヒトへとつながる「われわれの歴史」が映画のように目の前にたちあらわれる。
ゴリラの母親がわが子を抱き取ったり、自分の体にのせてあやしたりするとき、母親ははっきりと「ほほえむ」。子どもも「笑う」。大きなオランウータンは、何分間もの長い歌を、樹上でのびのびと「歌う」。それらの行動にふれ、心に刻み込む。それはほとんど、文化人類学や民俗学のように見える。
1億年前、インドとマダガスカル(当時はくっついていた)で霊長類は生まれた。2000万年前には、アジアの失われた大陸スンダランドで、類人猿がどんどん進化する。やがてアフリカに到達した仲間たちから、ヒトは生まれた。この壮大な絵巻物が、力強い仮説を輝かせながら読者を誘惑する。「われわれの歴史」をこのように描くことも可能なのである。