化け物に追われる少女の影の「私」…グロテスクも美しい“怪談”

レビュー

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朝が来るまでそばにいる

『朝が来るまでそばにいる』

著者
彩瀬, まる, 1986-
出版社
新潮社
ISBN
9784103319634
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

グロテスクなのに美しい 注目の新鋭による6編の“怪談”

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 死産の危機に直面している妊婦の家にやってきて肉を食べさせる黒い鳥、亡くなったはずなのに当たり前のように夕飯を作り続ける妻。この世ならぬ存在が、食べ物などの身近なものを通して日常生活に侵入し、苦しみに対峙する人を暗闇に引きずり込む。怪談としても読みごたえのある六編を収めた短編集だ。著者は東日本大震災発生当時の体験から着想した『やがて海へと届く』で注目を集める彩瀬まる。朝が来るまでそばにいるものはいずれも恐ろしいけれど、思いがけない形で主人公を助けてくれる。

 例えば最後に収められた「かいぶつの名前」。語り手の「私」は、ある中学校の片隅にうずくまる少女の影だ。肉体はなくなって久しいのに、消えることができない。夜になると化け物に追いかけられる。その上、幽霊が見えるらしい教師に〈あなたには顔がないの。目も鼻も口も、どこに置いてきたの?〉と問われた途端、目の前は真っ暗になり、口も塞がってしまう。「私」は闇の中を手探りで歩きながら自分の過去を少しずつ思い出していく。足首に絡まっている生温かく濡れた細い糸、頬の辺りに刺さる冷たい視線の針、触れるたびに人から遠ざかっていく輪郭など、死者の身体感覚が豊かな想像力と精緻な描写によって生々しく伝わってくるところが見事だ。

 校舎には「私」の他にも実体を持たない者がいる。トイレの個室に呪いの血文字を残して自殺した女子生徒だ。同類であるにもかかわらず、「私」が彼女を見下すくだりは悲しい。ところが、記憶がよみがえり、自分のあとをつける化け物の正体を知った「私」が終わりのない地獄に追い詰められたとき、トイレの女子生徒が救ってくれるのだ。ただ言葉をかわすだけで、特別なことをするわけじゃない。映像を思い浮かべるとグロテスクだが清々しい対話は、安らかに眠れなかった魂を解き放つ。末尾の一文は朝の光のように眩しく美しい。

新潮社 週刊新潮
2016年10月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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