「オはオオタカのオ」 獰猛な生き物が救う、癒やしの道のり

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オはオオタカのオ

『オはオオタカのオ』

著者
Macdonald, Helen, 1970-山川, 純子
出版社
白水社
ISBN
9784560095096
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

人外の異物が傷心を癒やす。緊張感に満ちた物語

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 鷹を手なずけるプロセスについて書かれた本だろうと予想したが、それ以上の内容だった。著者は幼少のときからの猛禽類好き。とはいえ、「不気味で冷たい眼をした精神異常者」のようなオオタカには尻込みしていた。変化のきっかけは父の死だった。最愛の父を失った欠落感が獰猛な野性へと彼女を向かわせ、家に幼鳥を迎える。オオタカが「傷を焼きはらってくれる炎」になる。

 随所で、同じように孤独な生涯を送った『オオタカ』の著者T・H・ホワイトが引き合いにだされる。八歳で出会ったその本は彼女にオオタカの魅力を教えたが、実際に飼いはじめると、彼のエキセントリックな性格がより親しいものになっていく。

 調教の第一歩は飼い主の手のなかにある餌を食べさせること。そのときに重要なのは鷹が自然な状態でいられるよう、人間である自分の姿を消すことだ。子どものときから内気で不器用で、主張よりも観察が好きだった彼女には、姿を消すことはたやすかった。

 そうやって鷹に心を移し、鷹の目で物事を感じ取るうちに、彼女の魂は人間界を離れて狂気に似た状態に入っていく。パートナーも子どももなく、キャリアも手放してしまった。野性とバランスをとる「ふつうの生活」を欠いた日々。鷹を綱なしにフリーで飛ばすときは、このまま戻ってこないのではないかという恐怖に襲われる。その緊張のさなかで彼女ははたと気付くのだ。これはギャンブルに近い感情であり、自分は依存症になっているということに。

 傷心を癒してくれるのは小さくて柔らかなもの、たとえば小鳥のようなものと想像しがちだが、血に飢えた獰猛な生きものが窮地を救う。蠅すらも殺せなかった人物が、キジを狩り食らう鷹に寄り添い、人間ではないとはどういうことかを知って、再び人間の世界にもどってくる。その約一年にわたる道のりが緊張感をもって語られる。

新潮社 週刊新潮
2016年10月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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