『第二次大戦の〈分岐点〉』
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【聞きたい。】大木毅さん 『第二次大戦の〈分岐点〉』
[文] 産経新聞社
■学問的実証の手法を戦史に
欧州の第二次大戦史に興味がある読者なら、常識と化しているイメージがあるだろう。いわく、「砂漠の狐(きつね)」として名高いドイツ陸軍のロンメル将軍は、あと一歩で北アフリカの連合軍を駆逐し得た。またドイツ武装親衛隊は陸軍より優良な装備を与えられていたが、戦術的な未熟さゆえに多くの損害を出した…。
そうした冷戦期に形成された「通説」について、欧米の最新研究を参照して再検証を試みる戦史研究書が本書だ。著者の大木氏は「日本では今も、30~40年前に訳された本のイメージで欧州の第二次大戦をとらえている」と指摘する。
その時代に訳され、今も日本で広く読まれるドイツの戦記作家パウル・カレルの諸作品は、元ナチ高官という過去が暴かれ、また政治的意図による曲筆の疑惑で欧米では近年著しく評価が下がっている。一方で冷戦後に出てきた新しい戦史研究は、翻訳文化の衰退でほとんど訳されていない。
「昔なら当然訳されているような定評ある本もいまは翻訳されず、日本と欧米の間に恐るべき研究のギャップができている。おそらくこれは、戦史分野だけの話ではないと思いますが」
戦史といえば日本では好事家向けの特殊な分野とみなされがちだが、「欧米ではアカデミックな訓練を受けた人が戦史を研究するのは当たり前のこと。だが日本だとアカデミックな人はやらないし、やっても基本的な知識が欠けていたりする。一方、軍事マニアは自分の好きな部分は詳しく調べるが、大きな背景に乗せることができない」。学問的な実証の手法を戦史研究に持ち込むことで、日本読書界における第二次大戦像のアップデートを試みる。
戦史研究のおもしろさは、どこにあるのか。「戦争は最高度の極限状態ゆえに、賢さや愚かさ、気高さや醜さなど、人間の持つさまざまな面が集約された形で出てくる。そこに興味がありますね」(作品社・2800円+税)
磨井慎吾
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【プロフィル】大木毅
おおき・たけし 昭和36年、東京都生まれ。立教大大学院博士後期課程単位取得退学。防衛研究所講師などを経て著述業。近著に『ドイツ軍事史』など。赤城毅の筆名で小説も執筆。