氷三部作 (1)「ブロの道」(2)「氷」(3)「23000」 ウラジーミル・ソローキン 著

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氷三部作 (1)「ブロの道」(2)「氷」(3)「23000」 ウラジーミル・ソローキン 著

[レビュアー] 小谷真理(SF&ファンタジー評論家)

◆人間社会の疎外テーマに

 隣国ロシアの広大なる大地には、トルストイをはじめ壮大な物語想像力が渦巻いてきた。そんな歴史を実感させる、目の覚めるように面白い三部作だ。

 出だしは、それこそクラシックな大河物語さながら。二十世紀初頭ウクライナで砂糖商を営む富裕な一族が、共産党革命下で没落、子息サーシャのみが生き残る。自らの誕生日がツングース隕石(いんせき)落下の当日であったという因果に誘われるかのように、彼は調査隊に参加し、永久凍土に眠る隕石の残骸とおぼしき氷と接触し、衝撃によって覚醒。自らの真の名をブロと悟る。

 第一部『ブロの道』はブロの手によって覚醒した女性フェルとともに、氷の仲間を探す旅を描く。孤独な逸脱者が、社会的疎外感を特殊な特権と読み替え、共同体を築くプロセスは、いっけん疎外者救済のレトリックのように見えるかもしれない。

 だが第二部『氷』以降では、まさにその原初的な愉悦が、共同体の拡大とともに、それ自体が特権集団を作りかねないというアイロニーを醸し出す。氷仕掛けの覚醒は、氷のハンマーで胸骨を強打してこそ実現する、命がけの通過儀礼だが、覚醒者らは死に至る非覚醒者を「肉機械」と蔑(さげす)むばかり。

 第三部『23000』では、そんな氷の仲間が、ツングースの隕石落下をめぐる宇宙的物語を体現すべく、驚くべき結論へと突進する。戦慄(せんりつ)のラストは圧巻。しかし本作品の凄(すご)みは、そうした特権者側のみならず、氷の儀式による殺人への復讐(ふくしゅう)を誓った「肉機械」側からの検証をもターゲットに据えていることだろう。

 かくして、氷の儀式という比較的単純なエピソードは、幾多の人々の逸話を重層的に積み重ね、革命以降今日まで大変動を潜りぬけてきたロシア史を立体化し、人間社会における疎外の構図の核心をみごと撃ち抜いてみせる。

 二十一世紀的な思弁小説(スペキュレイティブ・フィクション)の醍醐味(だいごみ)を本書はたっぷり堪能させてくれる。

 (松下隆志訳、河出書房新社・(1)(3)2808円、(2)2592円)

<Vladimir Sorokin> 1955年生まれ。ロシアの作家。著書『青い脂』など。

◆もう1冊 

 V・ソローキン著『愛』(亀山郁夫訳・国書刊行会)。日常と狂気の境界を越えて展開するグロテスクで乾いた「愛」の姿を描く。

中日新聞 東京新聞
2016年10月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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