【自著を語る】小林せかい『未来食堂ができるまで』

レビュー

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未来食堂ができるまで

『未来食堂ができるまで』

著者
小林, せかい
出版社
小学館
ISBN
9784093884969
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

【自著を語る】小林せかい『未来食堂ができるまで』

[レビュアー] 小林せかい

元エンジニアが営む『未来食堂』の軌跡

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 カウンター十二席だけの小さな定食屋『未来食堂』は東京都千代田区一ツ橋に軒を構えています。

 飲食店の平均ランチタイム集客は一~二回転というところ、未来食堂では平均四・五回転、最高七回転。私一人でやっている小さな個人飲食店でありながら、北海道や名古屋、アメリカなど国内外から大勢の人が訪れお店を手伝っています。

 数字の秘密は効率化によって突き詰められたオペレーション。例えばメニューは日替わり一種だけ。ご飯はおひつから好きな分だけ自分でよそいます。こういったオペレーションを学びに色々な方が未来食堂を訪れ、修業を重ねているといった次第です。

 というのも、未来食堂には『まかない』という、一度来店されたお客様なら誰でも五十分働くと一食無料になる仕組みがあるのです。五十分手伝った後の美味しいご飯を楽しみにしている学生や会社員の方はもちろん、先述したような、いつか自分のお店やビジネスを始めたいと思っている方の格好の修業先になっています。

 他にも、そうやって手伝い、自分が食べる一食の権利を他の誰かに譲渡する『ただめし』(店先に貼っている付箋を剥がして持ってくると一食無料)や、ちょっとしたおかずのオーダーメイドを叶える『あつらえ』、お店や他のお客様に半分寄付すると飲み物を持ち込んでいい『さしいれ』など、従来の飲食店には見られない様々な仕組みがあります。こういった仕組みや徹底した効率化の追求に加えて、月次決算や事業計画書、ノウハウを全て公開するオープン性も相まって、飲食業界の保守的な体質とは対極的だとメディアにもたびたび取り上げられてきました。

 このように独特な仕組みの背景には、私自身が東工大数学科卒のエンジニアだったことも挙げられます。理系ITエンジニアだった私にとって、効率化の追求や、オープンな姿勢はごく自然なものでした。知識を隠して勝者になるのではなく、知識をシェアすることで互いに成長しあう、IT業界で一般的な形を理想と考えたのです。

 効率化、効率化と言うと窮屈に感じられたでしょうか。しかし効率化は、無駄を省くことでコストを下げ、お客様により良い物を提供するための手段に過ぎません。

 実は、『あつらえ』という手間のかかる非効率なシステムこそが、未来食堂の最も根幹にある思いを体現したものです。私自身極端な偏食だったこともあり、自分が“ふつう”に食べている物を、同じ卓を囲む仲間に笑われるという居心地の悪い思いを何度も体験してきました。未来食堂の『あつらえ』は『その人の“ふつう”をあつらえる』というコンセプトを基に、その人の好みをそのまま受け入れる仕組みとして作ったものです。

 効率化だけが全てではありません。でも効率化も必要なのです。

 そんな思いを胸に「未来食堂を作るんだ」と会社を辞め、修業と開店準備に明け暮れた日々をまとめたのが、この本です。会社を辞めて直ぐの頃から書いていた当時の日記をそのまままとめたので、粗さがあります。でもその分、思いもあります。今、「書け」と言われても難しい。そういう本です。試行錯誤や奮闘の果てに出来上がった新しい食堂を、どうぞお楽しみください。

小学館 本の窓
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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