『シャルロットの憂鬱』
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犬と一緒に暮らすということ――『シャルロットの憂鬱』刊行エッセイ 近藤史恵
[レビュアー] 近藤史恵
うちには小型犬が一頭いる。黒いトイプードル、十三歳。人間でいうと七十前のおじさんといったところだろうか。飼い始めた頃はやんちゃな子犬だった。老犬になれば落ち着くだろうと思っていたが、十三歳になっても寝る時間が増えたくらいで行動はあまり変わらない。いまだにボールと散歩が大好きだ。
ただ、老犬は妙に人間くさくて、気に入らないことがあったら、離れたところでうにゃうにゃ文句を言うようになったり、わざと少しだけ悪いことをして、わたしの反応を見るようなことをするようになった。
犬と一緒に暮らすと、世界が少しだけ変わる。
夜型のわたしが、夏は涼しいうちに散歩をするために早起きをする。出かけるときも、なるべく早く帰ってやりたいと思うから、理由もなく街をふらふらしたり、喫茶店でのんびりお茶を飲んだり、ウインドウショッピングをするようなこともなくなった。買い物するときは、目的の売り場に直行して買ったら、すぐに帰宅する。
誰かのために自分の行動を変えるのは大嫌いだったはずなのに、犬のためならば自然にそう振る舞ってしまうのだ。
行動だけではない。毎日、散歩に出るから気候の変化にも敏感になる。同じ暑い日でも、湿度が低く、日陰に入れば心地よい日、風が気持ちのいい日はある。七月の暑さと、八月の残暑は同じ気温でも皮膚感覚では違う。
たぶん、犬に限らず、ペットは少しだけ人を自然に戻してくれる存在なのだろう。
「シャルロットの憂鬱」は、リクエストアンソロジー『ペットのアンソロジー』のために書いた短編だ。最初は、連作にするつもりはなかったのだが、書き終えた後、頭がよくて可愛い元警察犬シャルロットと別れるのがつらくなってしまった。
世間にあふれる犬の物語は、けなげだったり、感動的だったりするものが多いし、もちろんそういうものも好きなのだが、犬も人間と同じように、小ずるいことを考えていたり、落ち込んだりするものだ。
はじめて犬を飼う人が、犬を通して見る世界に驚き、そしてそこで小さな謎に遭遇する。これは、そういうミステリである。シャルロットが、元警察犬の能力を発揮することもあるが、すっかりお座敷犬としての生活をエンジョイしているから、起こる事件もある。
犬を飼っている人には、あるあると思っていただけるだろうし、飼ったことのない人にも楽しんでいただけると確信している。