戦を愛した戦国武将・山上道牛の知られざる熱き生涯

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戦って候 不屈の武将・山上道牛

『戦って候 不屈の武将・山上道牛』

著者
近衛 龍春 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041018361
発売日
2016/10/03
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

戦を愛した戦国武将・山上道牛の波乱の生涯

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 こんな人物がいたのか! 近衛龍春の作品を読んでいると、よくそう思う。なぜなら作者は、歴史の堆積に埋もれている人物を掘り起こし、豊かなストーリーに乗せて活躍させる歴史小説を得意としているからだ。特に今年は、その傾向が顕著である。まず七月に新潮社から、書き下ろし長篇『九十三歳の関ヶ原 弓大将大島光義』を刊行。これは、還暦を過ぎて織田信長に仕え、九十三歳で関ヶ原の戦いに臨んだ、弓名人の戦国武将・大島光義の生涯を描いたものだ。恥ずかしながら、このような人物がいたことを知らず、一読、大いに驚くことになった。

 そして本書の、山上道牛である。大島光義よりはメジャーな戦国武将だが、それでも知る人は少ないだろう。戦国小説では、上杉家に仕えた晩年の姿が、稀に登場することがあるが、どのような人物か、きちんと書かれたものは見当たらなかった。長篇小説の主人公として、その生涯が描かれたのは、本書が初めてのはずである。まったくもって、面白い題材を選ぶものだ。だから近衛作品を読むと、こんな人物がいたのか! と、思ってしまうのである。

 戦国の上州。上野に領地を持つ、山上城主の山上藤七郎氏秀は、戦いを好む戦バカであった。上州に勢力を伸ばす北条氏によって、周囲の城は取り込まれていったが、氏秀は靡かない。攻め入ってきた北条の軍に対して、果敢な戦いを挑み、戦果を挙げる。それでも所詮は上州の小勢力。個人の武勇にも限界があり、無念にも降伏した。北条氏康と対面し、命だけは助けてもらった氏秀だが、北条氏への憎しみを胸中で滾らせる。

 その後、剃髪した氏秀は道牛と名乗り、下野の佐野家に仕えた。やはり小勢力の佐野家ゆえ、常に苦しい戦いを強いられる道牛は、それゆえに赫々たる戦いぶりを発揮する。さらに城主の豊綱が死に、嫡男の昌綱が跡を継ぐと、佐野家の軍師となり、八面六臂の活躍をする。北条氏と上杉家の間に挟まれ、揺れる佐野家を武勇で支える道牛。だが、織田信長から豊臣秀吉、そして徳川家康へと流れていく時代の中で、彼は何度も運命の変転を迎える。それでも愛用の薙刀を手に、道牛は戦場を疾駆するのだった。

 山上道牛という人物を主人公に選んだ時点で、本書の面白さは約束された。でもそれは、作者が近衛龍春だからだ。史実の面白さが、物語の面白さと、イコールで繋がっていないことを、作者はよく知っている。だから極上の素材を生かすために、小説としての膨らみを加えているのだ。

 たとえば、冒頭の道牛の描写。新陰流の祖である上泉伊勢守秀綱の道場で打ち合いをしている彼は、常に戦場での実戦を想定している。また、上州に名を馳せた秀綱が北条氏に降ったことを不満に思い、秀綱のいう「極意と奥義は違う」といった大切な言葉も、あまり心に響かない。戦いこそを何よりも優先させる戦バカ。そんな道牛の肖像を、作者は最初からくっきりと屹立させているのだ。

 でも、戦バカだからこそ、道牛は魅力的だ。城を失い、佐野家に仕え、さらには信長や秀吉にも仕え、最終的には何度も戦った上杉家に仕える。どんなに道牛が強くても、勝利は局地戦であり、巨大な勢力に人生を翻弄され続ける。それでも彼は止まらない。自分と同じ戦バカである傾奇者・前田慶次郎と出会い、共に戦ったこと。七十歳を過ぎて上杉家に仕え、慶次郎や、上泉秀綱の孫の泰綱と、肩を並べて戦ったこと。彼の人生のエピソードは、そのまま戦いのエピソードだ。それを作者は巧みに掬い上げ、硬質な筆致で描破していく。馬に乗った道牛の雄姿に、繰り出される薙刀の一閃に、こちらの血まで荒ぶってしまうのだ。

 人生は、ままならぬことが多い。道牛もそうだった。しかし彼は、自分の一番大切なもの――すなわち〝戦い〟だけは、貫き通した。そこに彼の栄光がある。このような人物がいたことを、知ることができた。そのことが今はただ、無性に嬉しいのである。

KADOKAWA 本の旅人
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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