小島慶子は 『鬱屈精神科医、占いにすがる』を読み 生きることは不可解で憂鬱だと再認識する

レビュー

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鬱屈精神科医、占いにすがる

『鬱屈精神科医、占いにすがる』

著者
春日 武彦 [著]
出版社
太田出版
ISBN
9784778314958
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

小島慶子は 『鬱屈精神科医、占いにすがる』を読み 生きることは不可解で憂鬱だと再認識する

[レビュアー] 小島慶子(タレント、エッセイスト)

小島慶子

 ある日友人からLINEがきた。「悩み知らずの私ですが、この本を読んで、悩みがちな人の頭の中がどうなっているのかを知ることができました」
 私は彼女のように頭脳明晰で健やかな精神の持ち主ではなく、考えても仕方がないことをぐるぐる考えすぎて摂食障害や不安障害になった「悩みがちな人」である。信頼する友人が薦めるのだから、これは是非読まねばなるまい、と早速取り寄せることにした。
 と、その日の夜に夫が私に差し出したのが、同じ本だった。「いつも慶子の言ってることがちょっとわかった気がするよ」と。19年も、私が人生を罵るのを聞かされてきた人が言うなら、そうなのだろう。
 実は友人にも薦められたのだと言いながらちょっと開いたら、夫の話なんか耳に入らなくなってしまった。面白い。爽やかにめんどくさい。内省の書というのはどうも甘ったれた匂いがするものだが、精神科医である春日氏は自らを俯瞰する言葉を持っている。
 その人一倍突き放した視点と、そこまで言わんでも、という破壊的な内面の暴露が奇妙なバランスを保って展開される。しかも読み手を笑わせようという親切さも持ち合わせているので、心地いいのだ。
 読み手と殊更に仲良くしようとは思っていないところがまたいい。母親に対する執着を繰り返し語るあたりは、どうだイヤなものを読んだだろう、ざまあみろ! という当てつけめいたものすら感じる。が、それでも、真剣に悩んでいる。
 だけど、そのやけっぱちのお悩み公開の奥底には、人間に対する諦めの悪さというか、やはり希望のようなものを感じてしまうのだ。
 氏は、占いは「世界を理解するためのものであり、カウンセリングのようなもの」であるという。悩める人に対する共感、共振のようなものだと。この理解不能な世界を誰かすっきり説明してくれねーか、できれば自分にとって今よりマシな場所に見えるようによ! という願いは私もいつも持っている。誰かに託宣してもらいたいという願望。私の場合はそれを夫に求めていたのだが、この頃は物足りなくなって、気づけば雑誌の占いページを切り取ったりしている。
 氏の鬱屈の源泉は、母親との関係である。母亡き後、齢60を過ぎてもなお、母に愛されるに値する自分たり得ないことを嘆き、恨んでいるのだ。母への賛美と嫌悪に引き裂かれ、もはや趣味と化した自己嫌悪に浸っている。二人の息子を持つ身としては、母なるものの原罪について思い巡らさずにはいられない。
 氏が、救済とはなんであるかを考えるくだりでは、幼い頃の記憶が色鮮やかに綴られる。傍目には取るに足りない出来事の中に、終生その人を生かす奇跡が潜んでいるのだ。透明な裁縫箱とか、折りたたみの木琴とか、トイレの母子像とか。
 誰の救済も、そんなささやかにして取り返しのつかない事ごとだろう。そのようにして私たちは生かされ、どれほどサバイブしてもなお、生きることは不可解で憂鬱なのだ。

 ***

『鬱屈精神科医、占いにすがる』
精神科医は還暦を迎えて危機を迎えていた。無力感と苛立ちとよるべなさに打ちひしがれ、いっそ街の占い師にかかってみようと思い立つ。はたして占いは役に立つのか。幾人もの占い師にあたっていって、やがて見えてきたもの……。人間が“救済”されるとはいったいどういうことなのか。私小説的に綴られる精神科医の痛切なる心の叫び。太田出版。1718円

太田出版 ケトル
VOL.32 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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