『ディザインズ(1)』
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中条省平は『ディザインズ』の今後の展開と作者・五十嵐大介の技量に瞠目している
[レビュアー] 中条省平(学習院大学フランス語圏文化学科教授)
五十嵐大介の新作『ディザインズ』の第1巻が出ました。前作『海獣の子供』の完結から4年。でも待った甲斐がありました。物語はまだとば口のとば口に立っただけですが、この作品もまた『海獣の子供』に比肩する傑作になるという予感で輝いています。
とはいえ1年に1巻のスローペース。1巻目を読みおえた今、2巻目の刊行が待ち遠しい! しかし、あの異常に細密な描きこみをアシスタントなしで独りでこなすのが五十嵐大介の方法ですから、このペースも仕方がありません。
『海獣の子供』では、海中でジュゴンに育てられて水棲動物と化した人間の兄弟が主人公でしたが、『ディザインズ』では、遺伝子の加工で動物に人間の顔と体をあたえたHA(ヒューマナイズド・アニマル)、すなわち「人化動物」が主人公です。現在までに、カエルのHAが1人、ヒョウのHAが2人、イルカのHAが5人現われ、まだ正体の知れないジャスミンという少女が登場しています。このジャスミンを含めて、繊細な伏線が随所に敷かれていて、「物語はまだとば口のとば口」というのは、それらが今後どんな効果を発揮し、すでに十分複雑な物語をどう展開させていくか、ほとんど見当がつかないからです。
マンガの冒頭には、自動車事故で道路に倒れた少年が描かれ、空には虹がかかり、地面ではカエルが鳴いています。そして、少年の内心の声がこう語ります。
「その時僕ははじめて/はじめて世界は美しいと感じた」
おそらく、この少年が成長して、HAを創造するオクダという科学者になったのだと推測されます。
遺伝子操作による動物の人間化というと、H・G・ウェルズが描いたモロー博士のようなマッド・サイエンティストの悪魔のごとき所業を連想させますが、本作のオクダは虹とカエルを等価なものとして捉え、それらが造りあげている世界を美しいと思う感性の持ち主です。その世界認識の独創性に『ディザインズ』の真骨頂があります。
『海獣の子供』では、この世界の生命は無限の過去の記憶によって紡ぎだされており、その記憶が幽霊のようにこの世界に現われることもある、というプラトンのアナムネーシス(想起)説を髣髴させる思想が語られていました。『ディザインズ』はその思想をさらに大胆に発展させていくのではないか、との期待が大きくふくらみます。すでに第1巻にその種子は撒かれていると私は確信しています。
最後に、五十嵐大介の新境地として、アクション描写の神業のような冴えで読者を興奮させることも、特筆しておきたいと思います。
HAは、最初は宇宙移住計画の労働力として開発されたのですが、すぐに比類なき高性能の殺人兵器として転用されて、世界の戦争の現場に投入されます。その戦争と殺人のアクションの凄さ! コマの連続で動きを表すのでなく、動きの静止したコマにアクションの余韻を響かせるという手法で、新たな活劇の可能性を開いています。なんとも瞠目すべき作家です。
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『ディザインズ』
前作『海獣の子供』で日本漫画協会賞優秀賞(2009年度)を受賞した五十嵐大介の最新作。ヒューマナイズド・アニマル=HAと、それらをめぐる争いを描く。『月刊アフタヌーン』で連載中。講談社。670円