『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』
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『人工知能と経済の未来』を読んで人間の未来について想像してみてほしいと山形浩生は考える
[レビュアー] 山形浩生(評論家・翻訳家・開発援助コンサルタント)
最近になって、あちこちで人工知能の話題を目にするようになった。人工知能が発達し、チェスや囲碁で人間のトップにも勝てるほど頭がよくなっている。一般道での自動車の運転ですら、かなりうまくこなせる。そして、こうやっていろんな仕事が人工知能に取ってかわられるようになると、いずれ人間の出番はなくなり、みんな仕事がなくなってしまうんじゃないか、という話もよくきかれる。
かつて産業革命でも同じことが言われたし、インターネットの普及でもそういう議論があったけれど、みんな新しい仕事に移っているじゃないか、と。その一方で、今回はちがうのでは、これまでは人間の決して得意でなかった物理的な強さや速さの分野での競争だった。でも今回は人間の本丸であるはずの知的作業の分野だ。ここで負けたら、人間はもう逃げ場がないぞ!
本書は、この話を経済学者がきちんと考えた本になる。これまでも、人工知能などとの競争を扱った本はマカフィー&ブリニョルフソン『機械との競争』などがあったけれど、基本的には危機を煽りつつ「でも人間は大丈夫」という本だった。本書は逆に、人間が負ける可能性をもっと真剣に考え、負けた場合にどんな対応があるのか、というのを分析した点で、他とは一線を画している。その結論は、もう人工知能が本当に優秀になったら、あっさり任せればいいじゃないか、人間は失業するなら、仕事しなくてもいいじゃん。でも人間であるというだけで生活費をあげるようにしよう(ベーシックインカム)、というものだ。
さてもちろん、本当に人工知能がそこまで行くのか、というのはだれにもわからない。人間の仕事のほとんどは代替されてしまう、といった調査結果を発表したところもある。一方、別の見方もある。労働経済学のデビッド・オーターは、職とタスクはちがう、と述べる。たとえばかつての秘書は、資料作成や整理、いわばタイピスト業がほとんどだった。そのタスクは、いまやコンピュータだ。でもその分他のタスクの重要性が高まり、秘書という仕事は健在だ。他の職でもそうなるんじゃないか?
これは本当におもしろい議論で、しかもいまはだれでも参加できる。ぼくはまだ腹が決まっていないのだけれど、もし人工知能がもっと栄えるにしても、いまの人工知能にはできないことが一つある。消費する、という行為だ。もし本当に人工知能が人間にとってかわるにしても、人間は消費することに価値がある、という変な理屈がいずれ成立するかもしれないとぼくなんかは思っている。いまは生活保護が白い目で見られたりするし、ベーシックインカムは受け入れられにくいかもしれない。でも、いずれ消費の価値、という変な概念が成立すれば、案外ベーシックインカムも市民権を得て、労働というものの意義が一変する世界がくるのでは─本書を読んで、是非そういう妄想を広げてほしい。たぶんそれは決して無駄な妄想ではなく、本当に世界の先行きを考えるための重要な思索になるはずだ。
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『人工知能と経済の未来』
文藝春秋、2016年刊、本体800円+税。AIの未来、資本主義の未来、労働の未来、社会保障の未来まで、気鋭の経済学者が語りつくす!