『籠の鸚鵡』
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むき出しの人間を描く迫真のクライム・ノヴェル
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
純文学系作家のミステリー作品が話題に上るケースが増えている。吉田修一の『悪人』然り。中村文則『悪と仮面のルール』然り。若手(!?)だけではない。芥川賞を始め数々の文学賞に輝くベテラン辻原登も積極的に犯罪小説に挑んでいるひとりだ。本書も「著者の新たな到達点を示す、迫真のクライム・ノヴェル」と謳われている。
物語の背景は一九八〇年代半ばの和歌山。下津町役場の出納室長・梶康男は妻とふたり、真面目な生活を送っていたが、知人に教わった和歌山のバーに通い出してから変わり始める。ママの増本カヨ子から突然性的誘いをかける手紙が届き始め、内容は次第にエスカレートしていく。やがてふたりは深い仲になるが、それは実はカヨ子の愛人、ヤクザの峯尾の策略によるものだった。
カヨ子たちが織りなす三角関係の他、彼女の前夫・紙谷もある犯罪を企んでおり、序盤はいかにも愛欲が絡んだ犯罪小説っぽい展開だ。著者はそれぞれのキャラクターを掘り下げ、明暗が交錯する人の性癖、心のありようを浮き彫りにしていく。梶が突然吉本隆明の詩を朗読してカヨ子を口説き出すなど、思わず吹き出すようなシーンもあり、シリアス一辺倒ではなく、黒い笑いも織り込まれているあたりはさすがの技量。
だが中盤以降、状況は一変する。七〇年代後半、関西の暴力団では山口組組長の狙撃事件をきっかけに血腥い抗争が始まっていた。そのとばっちりは和歌山にも及んでいたが、八〇年代になって山口組の分裂、さらに山口組と一和会の抗争へと発展し、峯尾もその渦に巻き込まれていく。そこからは峯尾を中心にしたヤクザ小説へと転じていくのである。
先を読ませぬスリリングな展開はまさに卓抜したストーリーテラーの証。ページを繰る手は最後まで止まらず、深い余韻に浸らせてくれる。ミステリープロパーの作家もうかうかしていられないぞ。