[本の森 仕事・人生]『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』柳井政和/『原発サイバートラップ リアンクール・ランデブー』一田和樹

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原発サイバートラップ

『原発サイバートラップ』

著者
一田和樹 [著]
出版社
原書房
ISBN
9784562053391
発売日
2016/08/08
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』柳井政和/『原発サイバートラップ リアンクール・ランデブー』一田和樹

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 ポケモンGO旋風によって明らかになったのは、今や現実空間とサイバー空間の境界線は失われ、重なり合っているという事実だ。この現実認識をもとに物語を生み出すならば、サイバー空間を熟知している人間がふさわしい。知識の問題ではない。視点の問題だ。

 プログラミング系技術書の著書を持つ柳井政和は、『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』(文藝春秋)で作家デビューを遂げた。ヒロインは、プログラマーの転職を扱うベンチャー企業の若社長・安藤裕美。人間力は高いものの、技術者としての視点や思考に欠ける彼女が直面することとなったのは、自社の斡旋した人材が所属企業を相手にくわだてた「データ暗号化人質事件」だ。社の信頼を揺るがす大事件に、出資者である女ボスが補佐役としてあてがったのは、プログラマーの鹿敷堂桂馬だった。桂馬は技術者の視点から事件を精査し、要求された身代金七〇〇〇万円の裏にある、犯人の真の目的を探る。

 読者が「ん?」となることのないよう、過剰ではないけれど丁寧に専門情報が提示されており、過去と現在との繋がりといい事件の拡大の仕方といい、なめらかに物語が動く。鮮烈なインパクトをもたらすのは、この設定、この「探偵」の視点を持ちこまなければ描けなかった、犯人の動機にまつわるドラマだ。実は、本作は本年度の松本清張賞の最終候補に選ばれ、受賞を逃している。社会派ミステリーの雄の名を冠した賞にふさわしいのはこちらではなかったかと思わずにいられないが、落選後に編集者とタッグを組んで、加筆修正に努めた結果が今回のクオリティなのだとしたら、ますます期待が持てる。既に素晴らしいパートナーと巡り会ったこと、今後も書き続けていくだろうことを、確信できるからだ。

 現実に起こりうるコンピュータ犯罪とミステリを融合させる、「サイバーミステリ」の提唱者である一田和樹も、プログラマー経験を持つ。『原発サイバートラップ リアンクール・ランデブー』(原書房)は、韓国の第二古里原子力発電所をのっとったサイバーテロリスト「リアンクール・オペレーション」と、世界各国の有志との対決を描く群像劇だ。テロ集団の要求は、リアンクール(とは、どこだ?)の独立国家承認。とはいえ、そもそもが無理筋だ。率直に言って、実現できたとしてもメリットがない。では、なぜこんなテロを仕掛けたのか? 群像劇の中で頭一つ抜け出た推理力の持ち主が、日本人プログラマー・草波勝の存在だ。ここでもやはり、この設定、この「探偵」の視点を持ち込まなければ描けなかった、犯人の動機にまつわるドラマが爆発している。しかも、二重三重に。

 プログラマーの視点から、現実の有り様を見渡し、そこに生きる人間の心の内を覗き込む――。二人の作家の存在感は今後、ますます増大していくことだろう。

新潮社 小説新潮
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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