『全裸監督 村西とおる伝』
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前科7犯 AV監督の半生
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
前科7犯、借金50億。
AV監督、村西とおるの規格外の人生は、節目節目を数字で示すことができる。本の章題にも使われている「600万円」(刑事に毎月渡していた裏金)、「370年」(米国司法当局からの求刑)などいちいち驚かされるが、なかでも最初に挙げた二つが一番わかりやすく、彼を表す惹句のようでもある。
いわゆるビニ本の出版と、その後のAV制作の時代に逮捕・摘発された回数が7回。一世を風靡したAV制作会社の破綻で背負った借金が50億。それだけ聞くと、ものすごく荒んだ人生が想像されるが、著者の目に映る村西像はもっと複雑でチャーミングだ。
英語教材のセールスマン時代に培われた応酬話法で女優を丸め込み、殺気立った借金取りも煙に巻く。警察や検察に食い込むしたたかさの一方で、「わいせつ関連以外」の遵法精神は強く、メディア発表されない前歴まで律儀に数える。野心家でありつつ恬淡とした面もあり、いかがわしさと真摯さの落差が大きい。
18歳のときふとんだけ背負って福島県から上京した草野博美(本名)の人生ががぜん精彩を放つのは、監督みずからカメラを担いでAVに出演し始めてからだ。「阿南陸軍大臣の割腹に立ち会うかのような、そんな歴史の生き証人じゃないと」とまで語るAV観は独特で、性のリアリティを貪欲に追求するさまは傍目にはかなりこっけいに映る。
80年代のバブルの時期に、現役国立大生黒木香とのコンビでつくった「SMぽいの好き」は大ヒットし、黒木は一躍、文化人にまつりあげられた。元フォーリーブスの北公次や殺人の罪を犯した歌手克美しげるら失意の人物のカムバックに手を貸し、ジャニーズ事務所や巨人軍に喧嘩を売ったことも。商売上の計算もあるだろうが決してそれだけではない。
20代で村西と知り合った著者は、彼の下で写真週刊誌を立ち上げ、1987年に出た村西の自伝『ナイスですね』の聞き書きも担当。保存されざる文化こそ残しておかなければという思いで、その後も村西や他の業界関係者についての著作を発表してきた。700ページ以上ある本書はその集大成ともいえる。
村西の手法を著者は「ギミック」と評する。その言葉に「嘘しか本物って描けない場合があるんです」という村西の言葉を対置してみたい。「ギミック」の中にこそ見え隠れする真実がある。見逃しそうな真実の破片の一つひとつをすくいあげられたのは、彼に惹かれ、距離を縮めたり広げたりしながら成功と失敗を30年以上観察してきた著者だからだろう。
莫大な借金を背負って破産を選ばず、家族を利用せず、人生を捨てない村西の態度は今の世の中でとても貴重に思える。