ジェンダーをめぐる過激な実験小説『リリース』古谷田奈月

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

リリース

『リリース』

著者
古谷田奈月 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911287
発売日
2016/10/17
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ジェンダーをめぐる過激な実験小説『リリース』古谷田奈月

[レビュアー] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)

 同性婚が合法化された〈オーセル国〉。男女同権を建前に女性優位がまかり通っている現政権では異性愛者は迫害され、人工的な出生が当たり前になり、かつての男らしさ女らしさは古色蒼然とした価値観として忌み嫌われていた。バンクへの精子提供が強く推奨されている国策に反発して、提供を拒み続けてきたタキナミ・ボナは、ついに《オーセル・精子(スパーム)バンク》を占拠。政権の恐るべき企みを告発する演説のさなか、二発の銃声が響く。ボナは、思想を共有していたはずのオリオノ・エンダによって抹殺されたのだ。テロの現場に居合わせた当時十七歳のユキサダ・ビイは、十八歳になったとき、スイッチ(性別適合手術)して女になることを選ぶ。多くのものを失いながら、自分の生き方を探っていくビイの心のお守りは、先鋭的な歌手アラフネ・ロロの歌。やがて記者としてテロの真相に迫るチャンスが巡ってきて……。

 五つの章から成り立つ物語は、一章ごとにそれまで見えていなかった側面に光を当てる。反社会的なテロ行為に見えていたボナの行動や政権の中枢深くに入り込んだエンダの本当の意図。ビイやロロが求めてやまないもの。男女の優位性が反転した世界で、社会に押しつけられた性役割と生まれ持った性への違和感や反発、マジョリティーとマイノリティーの対立や差別が、どんな変革を生むのかが描かれる。

 国家という全体主義の陰謀に抗い、仕組まれた過激な策略。それは個として生きることの美しさを貫く戦いとも読める。ディストピアに残された希望があるとすれば、最終盤にロロがいう〈ただ生きているだけで、力は自然と蓄えられていくのね。(略)だからいつかは、自分は強いと認めなくちゃならなくなる。自分のパワーの、住む場所を探さなくちゃならなくなる〉という言葉に埋め込まれている。

光文社 小説宝石
2016年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク