猫の遍歴――『月と太陽の盤 碁盤師・吉井利仙の事件簿』刊行エッセイ 宮内悠介

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月と太陽の盤

『月と太陽の盤』

著者
宮内悠介 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911317
発売日
2016/11/16
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

猫の遍歴――『月と太陽の盤 碁盤師・吉井利仙の事件簿』刊行エッセイ 宮内悠介

[レビュアー] 宮内悠介(作家)

 本書の巻頭に収められている短編「青葉の盤」の依頼をいただいたのは、二〇一二年の一月のこと。当時の私は、創元SF短編賞の選考委員特別賞(山田正紀賞)をいただいてまもなく、まだ最初の本も出ていないころでした。そんな私に依頼をくださったのが、『ジャーロ』の編集長を務めておられた渡邉克郎さん。なんの実績もなく、新人未満であった自分が『ジャーロ』から依頼をもらえたというのが、まず青天の霹靂(へきれき)で、そしてそのような決断を下した渡邉さんに深く感謝したものでした。こちらも必死なものですから、すぐに企画書を作り(これがいま見ると、とてつもなく恥ずかしい代物なのですが)、万一にも連作化させてもらえればとの祈りをこめ、そうして出来上がったのが、「青葉の盤」という短編でした。

 幸いにも、二編目、三編目と書き継がせてもらえ、「青葉の盤」は日本推理作家協会賞の短編部門にノミネートされるという幸運にも恵まれました。やがて仕事も徐々に増え、慣れない業界でのスケジュール管理そのほかに右往左往する私の原稿を、辛抱強く待ってくださったのも渡邉さんでした。こうして、声をかけていただいてから四年以上、やっと、一冊の本という一つの目に見える形でお届けできる運びとなりました。

 今回、ホームズ役となるのは碁盤師。囲碁などの棋具を作る職人です。ミステリへのはじめての挑戦ですので、好きな題材であり、またデビュー短編でも扱った囲碁、なかでも棋具をテーマに選びました。とはいえ、読むにあたって、碁を知っている必要はありませんので、その点はご安心を! さて、その碁盤師である吉井利仙(よしいりせん)と、彼を慕う少年棋士、愼(しん)をワトスン役として物語は進みます。内容は、本格ミステリを目指したものから、コンゲーム風のもの、あるいは文芸調とさまざまです。

 右往左往のなかの手探りですから、正直に申し上げますと、今回の連作のなかには、自分でも悪くないと思うものから、これはもっと改善できたかもしれないと感じるものまで、種々雑多に含まれています。けれど、いま振り返ってみると、そのつどの自分の喜びや焦燥、迷いや決意などが、そのまま正直すぎるくらいに表れた、面映ゆくも味のある遍歴となっています。

 連作を書き継ぐあいだには、書き下ろしの長編がうまくまとまらずに鬱々と過ごした一年もあれば、二年連続で直木賞の候補になるという、宝くじにでも当たったかのような時期もありました。猫のように環境の変化に弱い私が、ことあるごと右往左往する過程の見える、ある意味で興味深い、またある意味では心理学の実験のような、この凸凹のある連作は、ことによると刈りこまれていない盆栽のようでもありますが、私自身はひそかに気に入っていたりもします。

 書籍化にあたっては鈴木一人さんに編集を担当していただきました。高校時代から私淑していた綾辻行人さんから推薦のお言葉をもらえたのは、望外のことでした。おそらく、けっしてウェルメイドとはいいがたい、けれども野良猫のような愛らしさもあるこの連作が、一人でも多くのかたの手に渡り、そして多くのかたの恩に報いることを祈っています。

光文社 小説宝石
2016年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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