生老病死と健康幻想 八木晃介 著

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生老病死と健康幻想

『生老病死と健康幻想』

著者
八木晃介 [著]
出版社
批評社
ISBN
9784826506458
発売日
2016/09/10
価格
3,300円(税込)

生老病死と健康幻想 八木晃介 著

[レビュアー] 島薗進

◆いのちの選別にあらがう

 医療が私たちの生き方という価値観の領域まで侵入してきて、「健康であれ」と強いてくるかに見える。善き生き方を人々に押し付け、それに合致しない生を貶(おとし)める。人は健康を求めるという価値意識、すなわち「ヘルシズム(健康幻想)」を介して、医療が社会規範を規定していく。著者はこのあり方に厳しい批判の目を向けている。背後には、社会に役立つ生を増進させようという「優生思想」がある。役立つ生を善として役立たない生を排除していこうとする差別思想と捉える。

 これに対して著者は「反差別の医療社会学」を標榜(ひょうぼう)する。この立場から、脳死による臓器移植、出生前診断、尊厳死・安楽死の推進、メタボ検診、高血圧診断などの事例が取り上げられていく。「役立つ」こと、すなわち有用性の基準によって、医療が人々の生活に介入してくるのだが、経済的な事情もからみつつ、医療の権益を拡大していく趨勢(すうせい)がある。イヴァン・イリッチが批判する「医療化」だが、著者はこれを押しとどめる倫理観はどのようなものかを探っていく。

 書名に「生老病死」とあるが、これは「四苦」を指し、仏教の四諦(したい)説を踏まえたものだ。仏教、とりわけ親鸞の思想に依拠しながら、優生思想に抗する死生観と倫理観の枠組みが提示されている。「万物の相互依存関係を自覚し、あらゆるものをかけがえのないいのちとして尊重する」縁起論によるアプローチである。

 これは功利主義と結びついて西洋で優勢である「パーソン論」の対極にあるものだ。意識があり、役に立つことができる状態にある人間のみを尊ぶべきだとするのが「パーソン論」だが、著者は、これは優生思想とつながる考え方の基軸と捉える。

 著者は二十年以上前に大腸がんを病んだ。患者として現代医療を批判的に見続けてきた経験が十二分に活(い)かされている。仏教に依拠した生命倫理論としても注目すべき著作である。
 (批評社・3240円)

 <やぎ・こうすけ> 1944年生まれ。花園大名誉教授。著書『優生思想と健康幻想』。

◆もう1冊 

 米沢慧著『病院化社会をいきる』(雲母書房)。巨大な現代医療システムを批判的に検証しながら、病院やケアの意味を問い直す。

中日新聞 東京新聞
2016年11月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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