吉行淳之介 抽象の閃き 加藤宗哉 著
[レビュアー] 勝又浩
◆伝説に分け入る読み
いま神奈川近代文学館で開催されている安岡章太郎展を観(み)ながら、「第三の新人」もこうして歴史のなかに繰り込まれてゆくのかと、ちょっと複雑な思いがあった。その作品や活動をリアルタイムで見続けてきた身としては、彼らはいつまで経(た)ってもわが同時代の文学なのだ。
しかし平成六年に七十歳で他界した吉行淳之介は早くも没後二十二年になる。浮名も流した人だから、没後しばらくは故人をめぐる雑音も多かったが、二十二年という時間はそれらについて忘れはしないが、よい距離も作ったに違いない。
本書を読みつつ、まずそんなことが頭に浮かんだ。言い換えると、私のような半分時代の証人になっているような読者にも十分納得のゆく時代考証や作品分析、読みや解釈の妥当性や深さを持っているということだ。あるいは、熱烈なファンとともに伝説も多い作家であったが、そうした部分へ分け入った、著者の一種のバランス感覚にも、さすがは吉行文学の読者だと、同じ吉行文学の読者に思わせる説得力があった。
著者は「三田文学」の編集長として知られた人だが、また学生時代から遠藤周作に師事して鍛えられてきた人でもある。そうした関係のなかで見たり聞いたり立ち会ったりした、いわば文壇史的な側面も本書には現れていて、この作家論を独特な血の通ったものにしている。
(慶応義塾大学出版会・3024円)
<かとう・むねや> 1945年生まれ。作家。著書『遠藤周作』など。
◆もう1冊
吉行淳之介著『原色の街・驟雨(しゅうう)』(新潮文庫)。恋愛を避けて娼婦(しょうふ)の街に通う男を描いた「驟雨」などの初期作品集。