『マイルス・デイヴィスが語ったすべてのこと』
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没後25年、記憶に刻まれた“帝王”との時間が甦る
[レビュアー] 大竹昭子(作家)
著者プロフィールに「整形外科医、JAZZジャーナリスト」とある。順番が逆では? いや、本書を読めば納得する。著者は日本のジャズ界では知らぬ者はいない書き手だが、マイルスに一目おかれたきっかけは著者の作ったリハビリ・メニューだった。初会見のとき、彼が整形外科医だと知ったマイルスは、脚の痛みが引かないと手術跡を見せる。その場でメニューを書いて渡すとマイルスは実行。症状が改善されたことから「マイ・ドク」と呼ばれて、ニューヨークの自宅の電話番号を教えてもらえる仲に。本書は、その一九八五年の会見から亡くなる前年の一九九〇年まで、十三回の訪問記録だ。すでに出ている大著『マイルス・デイヴィスの真実』にその取材成果は反映されているが、そこでは短くしか触れられていないエピソード(マイルスのためにサンドイッチを買いに出たら大雨になり、マイルスが傘を持って迎えにきた話とか)が時間を追って描かれ、ドキュメンタリー映画を見ているようだ。
マイルスは質問嫌いで、マイペースでしゃべる。だが「どうしてオマエはオレと会いたがるんだ?」と訊かれ、「本を書きたいのです」と打ち明けると、話す内容が変わってくる。それがなんと九回目の訪問だ。以前「二度とテープレコーダーを出すな!」と怒られたのが身にしみ、それまでメモ帳すら出さずにいたのに、びくびくしながら初めてメモを記したのも、このときである。
本書がどのように書かれたかを想像すると感慨深い。取材の録音テープはない。頼れるものは会見直後に懸命に書き記したメモと写真と自分の記憶だけだ。それにしては現場再現力がすごいのである。当時、著者は三十代。異常な集中力を発揮して記憶に刻みつけたシーンの数々を、マイルス没後二十五年に際し、あの時間を再び味わいたいという思いから、念力を込めて呼び出したかのよう。時の力が純化した体験の美しさが感じられる。