『花のこみち』
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小説家になったみたい……――『花のこみち』刊行エッセイ 岡本さとる
[レビュアー] 岡本さとる(脚本家・演出家)
「小説宝石」に短編を書いてくれないかとの御用命を受けた時、何やら心が浮き立ちました。
長きにわたって、テレビや舞台の脚本を書き、文庫書下ろしの時代小説でデビューした私にとって、文芸誌に小説を発表するのはどこか面映く、また光栄であったからです。
それゆえに、掲載誌を手に取った時は、
「何だか小説家になったみたいですねえ」
そんな言葉が口を衝いたものです。
初めに書いたのが「長篠(ながしの)の蒼空(そうくう)」。長篠の戦いで勇名を馳せた、鳥居強右衛門(とりいすねえもん)の物語です。
強右衛門は悲しくも壮絶な死を遂げるのですが、武田(たけだ)家の家臣に落合左平次(おちあいさへいじ)という武士がいて、彼は敵である強右衛門の死に様を、己が旗指物に描いたとされています。私はこの事実に興味を惹かれ、敵味方を超えた友情話として、小説にしてみました。
これまでは江戸の剣客もの、市井ものを書いてきたので、戦国時代を描くのは新鮮で少し楽しくなり、
「あと三篇出しませんか? それを単行本として刊行しましょう」
「文芸誌に出して、単行本……。何だかいよいよ、小説家になったみたいですねえ」
編集の方とこんなやり取りがあって後、さらに「花のこみち」「さらば黒き武士(もののふ)」「つれなの振りや“お国と山三(さんざ)”」の三篇を書きました。
「花のこみち」は、豊臣秀吉が猿と呼ばれていた頃の親友との別れ、再会。「さらば黒き武士」は、織田信長が可愛がったとされる黒人の家来・弥助の数奇な運命を、共に信長の側近く仕えた森蘭丸の目から語る。「つれなの振りや」は、出雲のお国と、名古屋山三郎(なごやさんざぶろう)の情熱的な恋と、山三郎の友・水野少次郎(みずのしようじろう)の武辺……。
戦国時代を描いたといっても、歴史的考証に力を注いだわけではありません。そこはやはり私らしい、嘘八百を並べたエンターテインメント人情小説となったわけで、そういう作風に自分自身首を傾げながらも、今まで拙作を愛読してくださっている皆様は、こういう作品の方が読み易いと喜んでくださるのではないかと、少しばかり悦に入っておりました。
そしてこの度、前述の四篇が予定通りに、『戦国絵巻純情派 花のこみち』として、一冊の単行本となって刊行される運びとなりました。
思えば、初出が平成二十六年の三月号でしたから、刊行まで足かけ三年。こちらのスケジュールの好い時にと、特に締切りを定めずに書かせて頂けたのは本当にありがたく、これまでよく待って頂いたものだと、光文社の皆様には感謝しております。
立派な装幀を目の前にすると、
「ああ、やっぱりおれは小説家になったんだ」
そんな浮かれた想いに、この先、しっかりと書いていけるのであろうかという漠然とした不安が入り交じり、
「えらいこっちゃで……」
と、思わず溜息をついてしまいました。これもまた、「小説家になったみたい……」
ということなのでしょうか。