末國善己 中華ファンタジーのオールスター戦

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神仙の告白 : 旅路の果てに

『神仙の告白 : 旅路の果てに』

著者
仁木, 英之
出版社
新潮社
ISBN
9784103030607
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

末國善己 中華ファンタジーのオールスター戦

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 唐代を舞台に、美少女の姿はしているが、実は永遠の時を生きる仙人の僕僕(ぼくぼく)と、弟子でニートの青年・王弁(おうべん)を主人公にした『僕僕先生』は、仁木英之(にきひでゆき)のデビュー作であり、シリーズ化されて代表作になった中華ファンタジーの傑作である。

 ボクっ娘で毒舌の僕僕といじられキャラの王弁が、珍道中を続ける展開は、ユーモラスでほのぼのしている。一方で、作中に登場する人間、神仏、仙人、妖(あやかし)の多くは何らかの文献に記載があり、物語の背後には中国の神仙思想に基づいた歴史や世界観が置かれているなど、硬派な設定が施されている。この奥深さが、多くのファンを魅了したのは間違いない。

 初登場時は、父の財産を浪費して生きようと考えていた王弁だったが、僕僕との冒険旅行で経験値を貯めたことで成長し、今では薬師として独り立ちするまでになっている。

 シリーズが進むにつれ、大国に迫害される少数民族の悲劇(『先生の隠しごと』)、大国のエゴがもたらす混乱(『鋼の魂』)といった現代とも無縁ではないシリアスなテーマが深められ、非情な世界をいかに救うかが物語の鍵になってきた。前作『恋せよ魂魄』では、僕僕一行の宿敵ともいえる秘密暗殺組織・胡蝶房との死闘が激化し、主要キャラクターの一人が落命するという急展開もあっただけに衝撃も大きく、続きが気になっている方も多いだろう。

 第十弾の『神仙の告白』では、ついに神仙界が人界を滅ぼし、改めて清浄な世界を作る決意を固める。だが人間の祈りがなければ存在できず、まだ人間に絶望していない神仙の中には、反対派もいた。その頃、この計画の最重要人物とされる僕僕は、妖の薄妃(はくひ)を連れ、眠りに落ちた王弁に効く仙薬の材料を探すため虚空へ、さらに犬封(けんぽう)国へと向かっていた。

 人界の存亡をかけた壮大なスケールの戦いが始まるだけに、玉皇上帝(ぎょっこうじょうてい)の命令を各地の神仙に伝えている王方平(おうほうへい)、わがままで酒乱の魏夫人(ぎふじん)らお馴染みのメンバーが揃い踏みし、神仙界の決定を進めるべく動き始める。さらに神仙界からは、闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)(孫悟空)、捲簾大将(けんれんたいしょう)(沙悟浄)、天蓬元帥(てんぽうげんすい)(猪八戒)も参戦する。時の皇帝・李隆基(りりゅうき)(玄宗)は人界の消滅を憂えて打てる手を模索し、仙人になっていた関羽(かんう)雲長は、義兄の劉備玄徳(りゅうびげんとく)が愛した人界を守るべく神仙に戦いを挑む。

 このように物語は、人界消滅計画の賛成派、反対派が入り乱れ、人界と神仙界をまたにかけた謀略と戦闘が連続するので、先の読めないスリリングな展開が楽しめるはずだ。

 中国の四大奇書『水滸伝』『三国志演義』『西遊記』『金瓶梅』は、古くから日本文学に影響を与えてきた。特に『三国志演義』『西遊記』は、今も高い人気を誇っている。この二作の主要キャラクターが総出演する本書は、まさに中華ファンタジーのオールスター戦といっても過言ではないのだ。

 それだけに、赤兎馬(せきとば)に乗り青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)を使う関羽と、吉良(きら)にまたがり剣を持った僕僕の一騎打ちがあるかと思えば、目的のためなら手段を選ばない曲者の王方平と、義を重んじる正攻法の関羽との手合わせもある。クライマックスには、武では互角の関羽と捲簾大将の決戦も用意されているので、血湧き肉躍るバトルシーンが堪能できる。特に『三国志演義』と『西遊記』のファンは、たまらないのではないか。

 神仙界が、人界の消滅を決定したのは、他を滅ぼしても満足せず闘争を続けようとする人間の我欲が、世界のバランスを崩す可能性が出てくるほど肥大化したためとされている。

 作中では、釈迦(しゃか)の弟子・弥勒(みろく)が「十まで手に入れれば、次は百を。百を手に入れれば千を求める」人間には、「自らを制する力」がないと嘆く。弱肉強食のルールが広まり、神仏への畏れが失われて倫理的な歯止めをなくした現代では、こうした状況に拍車がかかっている。人界消滅計画は、神仙と違って命に限りがある人間が幸福に生きるには、欲望のまま闘い続ける修羅道を行くのか、それとも心の平穏を重視する道に進むべきかの問い掛けになっており、考えさせられる。

 さて〈僕僕先生〉シリーズは、次の第十一弾で完結の予定となっている。王弁は無事に目覚めるのか? 僕僕と王弁の関係はどうなるのか? そして人界消滅計画の行方は? 終幕に向けて波乱万丈に進む本書に、是非とも注目して欲しい。

新潮社 波
2016年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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