『ブッディスト・エコロジー』 竹村牧男著

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ブッディスト・エコロジー-共生・環境・い

『ブッディスト・エコロジー-共生・環境・い』

著者
竹村 牧男 [著]
出版社
ノンブル
ISBN
9784903470986
発売日
2016/10/29
価格
3,240円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ブッディスト・エコロジー』 竹村牧男著

[レビュアー] 月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

大生命に生かされる

 21世紀を生きる人類の前には地球規模の環境問題が大きく立ちはだかる。気候温暖化が指摘されて久しい。行き過ぎた開発による自然破壊、大気と土壌と水質の汚染も止(や)む気配がない。こうした環境問題の思想的元凶は人間を自然の主(あるじ)と位置づける西洋の人間中心主義ではなかったか。そこから、人間と自然との調和と共生を旨とする東洋思想が再評価されもする。だが、呻(うめ)く自然に冷淡なのは、むしろ、東洋のほうであるようにもみえる。ならば、どのようにして私たちは、自然との共生という思想と生き方を取り戻せるのか。

 本書において著者は、仏教学の泰斗として、仏教思想のなかにその可能性を探ってゆく。今ではひろく用いられる「共生」という用語自体が、僧侶であり、仏教学者であった椎尾弁匡(べんきょう)が1922年に起こした「共生運動」に遡る。それは「自己を生かし、まわりを生かす」運動であったが、著者は仏典を繙(ひもと)き、空海や道元などの思想にふれながら、こうした共生思想の大本を、つかみ出す。

 仏教の「空」は、自己と他者が本性において平等であることを説いている。「縁起」の思想は、個々人が相互に支えあう存在であることを教えてくれる。草木と同じく「仏」という大生命に生かされている私たち人間は大生命の一部であると同時に、私たちの内には世界全体が凝縮されている。私たちが生き生かされていること自体が「共生」そのものなのだ。ところが、人間の原罪ともいうべき「無明(むみょう)」に発する我欲がそれを覆い隠してしまう。仏教はそこを照らし出し、我欲から解き放たれた生き方(小欲知足)を教えてくれる。

 このような仏教思想の現代的意義を著者は懇切に説いてゆく。それとともに、それが西欧で提唱されはじめた「ディープ・エコロジー」などの環境思想と重なりあうことにも目を向けさせてくれる。本書の題名には西欧思想との対話へと開かれた著者の姿勢が示されている。

 ◇たけむら・まきお=1948年、東京生まれ。東洋大学長。近著に『日本仏教 思想のあゆみ』『地球環境問題を仏教に問う』(共著)。

 ノンブル社 3000円

読売新聞
2016年11月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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