女を救う美貌の女髪結い。頬傷が謎を呼ぶ時代長編
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
この一巻は、間違いなく、現時点における中島要の最高傑作といえよう。帯の惹句に“髪は女の命”と記してあるが、そのことは男の私が読んでもひしひしと伝わってきたし、さらにいえば、私は夢中になって本書のページを繰り、読み終えたときには、えもいわれぬ充実感に浸っていた。
主人公の結(ゆい)は十五歳にして、故あって浪人した父を母に次いで喪い、奉公先からも暇を出され、住んでいた長屋で首を括ろうとした。それを既(すんで)の所で救けたのが、長屋に引っ越しの下見に来ていた女髪結いのお夕である。不器用ながらも、お夕の下で修業に励む結。が、時は天保年間、水野忠邦の倹約令で、女髪結いは禁止されていた。そうした物語展開の中で、圧倒的な存在感を放つのがお夕で、もとは売れっ子芸者という美貌の持ち主。但し、左の頬に無残な刃物傷があり、振った客に斬りつけられたと噂されるが、真偽の程は定かではない。
物語は、この師弟が、死んだ許婚とあの世で一緒になりたいと、死んでも髪を切らせなかった米問屋の娘や、この鼈甲(べっこう)の櫛だけは孫娘にやりたいという足袋屋の御隠居の願い等々を叶えてやるというもの。その時、見栄や物欲からそれを阻もうとする者が身内の中におり、お夕はそんなとき、必ず筋を通す仲裁人となり、結はそれを見ながら、心と技を磨いてゆくという構成だ。
そして後半、物語の軸となっていくのが、お夕の左頬の刃物の傷。お夕は、平成よりひどい天保の格差社会を“北の―”なら何とかしてくれるのではないかと口にするが、ラスト近くでのお夕と刃物傷の由来となった“北の―”との対決シーンでは、思わずページを繰る手に力がこもる。
察しのいい読者ならこの人物が誰だか分かるだろう。さらに、江戸ことばや時代考証の面でも思わずニヤリとさせてくれるし、この一巻をゆめゆめ読み逃されぬよう。念のため。