民主主義の宿命的な限界とは
[レビュアー] 楠木建(一橋大学教授)
「デモクラシーは最悪の政治体制だ。過去に試みられてきたすべての政治体制を除けば」。プロレスの興行のようなアメリカの大統領選の乱痴気ぶり、チャーチルの箴言がいよいよ真実味をもって迫ってくる。
佐伯啓思『反・民主主義論』は、その根底に立ち帰って民主主義を考察し、そこに組み込まれた本質的で宿命的な限界を明らかにする。ひたすら「アメリカを強くする」と吠えまくるトランプに対して、クリントンは「アメリカをひとつにする」と呪文のように唱え続ける。あとは醜い人格攻撃と粗探しに終始。民主主義の機能不全ではない。民主主義が「機能しすぎなだけ」と著者は喝破する。
そもそもデモクラシーは価値を含んだ「主義」ではない。「民主政」という政治体制のひとつにすぎない。民主政は、自己省察、他者への配慮、謙虚さによって支えられる。しかし、「国民主権」「平等」の名のもとに、ひとたび全員が主権者となるとどうなるか。自分の権利を叫び、自己利益を追求し、「品の悪い権力闘争」になる。
民主主義に対する著者の論考はきわめて筋が通っている。いまこそ多くの人が知り、考えるべき論点を衝いている。
ただし、前作『さらば、資本主義』でも感じたことだが、資本主義に対する代案が当面見当たらないのと同じで、民主主義に対する有力な代案もない。いまだにチャーチルの言う通り。逆説的に、民主主義と資本主義の強靭さを感じさせる。