京極夏彦『虚実妖怪百物語』〈刊行記念インタビュー〉――実在の作家や編集者が妖怪と戦う!? 前代未聞の実名小説がここに登場!

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京極夏彦『虚実妖怪百物語』〈刊行記念インタビュー〉

実在の作家編集者が妖怪と戦う!? 前代未聞の実名小説がここに登場!

世界で唯一の妖怪マガジン『怪』で、二〇一一年から足掛け六年にわたって連載されてきた『虚実妖怪百物語』がいよいよ書籍として発売されることになりました。魑魅魍魎が現実世界を跋扈し、作家や学者などの著名人から編集者まで目白押しで登場するこの怪作が生まれた裏側に潜む、驚きのエピソードとは!?

1

◆映画『妖怪大戦争』から生まれた実名小説

――タイトルに「虚実」とつく通り、実在の人物が虚構の物語を編んでいくこの小説、そもそもどのような着想から生まれたのでしょうか。

京極 ベースにしたのは、二〇〇五年に公開された映画『妖怪大戦争』のために作った最初のプロットです。『妖怪大戦争』の製作にあたっては、『怪』の執筆陣――今は亡き水木しげる大先生、荒俣宏さん、宮部みゆきさんと僕によるプロデュース・チームが作られ、原案が練られました。しかし、主人公は少年にしようとか、そういう要望が色々あったので、一部のアイデア以外はほとんど残しませんでした。たとえば、映画に加藤保憲を登場させようと言ったのはおそらく僕だったと思うんですが、そういうところはそのまま採用されています。

――なるほど。映画でも本作でも、荒俣宏さんが生み出した魔人・加藤保憲が暗躍しますね。しかし、それ以外で共通する部分となると、「妖怪が出る作品」ということしかないように思えるのですが。

京極 まず主役がいませんからね。加藤保憲が初めて登場した小説『帝都物語』はサイキック伝奇ノベルという謳い文句なんですが、実は虚実ないまぜの実名小説なんですね。あまり注目されないんだけど、僕はそこにグッときたんです。既読の方なら、作中で幸田露伴、寺田寅彦、三島由紀夫といった、実在の作家や科学者が活躍するのはご存じでしょう。加藤保憲と戦うなら実在の人物だろうということで、映画も初期プロットでは荒俣さんや水木さん本人が出てたんです。境港が舞台なのはその名残なんですね。今回は小説なので、やはり『帝都物語』の流れをくむしかないと。でも本作はほぼリアルタイム進行の連載だったので、物故者は無理。でも面識のない人は出しにくいし、怒られるでしょ。そんなわけで、まあ(と、見回す)この辺の人達なら怒らないかなという人選で。

――一方、妖怪映画が好きな向きならば思わずニヤリとしてしまうような場面も多々ありました。

京極 ネタはいつも細かいんですけど、大映の妖怪三部作(『妖怪百物語』『妖怪大戦争』『東海道お化け道中』)からも色々拾ってますからね。そもそも、二〇〇五年版『妖怪大戦争』も、旧作のひそみに倣った三部作構想があったんです。第一作は加藤保憲が東京を攻める話、第二作は年をとった中禅寺秋彦が妖怪どもを無効化する話、そして最後は鬼太郎が実写で登場して妖怪と戦う話という。荒俣、京極、水木のキャラが登場するという構想ですね。まあ与太話のようなものだったんですが、もし実現したらどうしようと思って、少しは考えていたんですね。その時思いついたフレームを使ってみたりもしました。連載時に「もう一つの妖怪大戦争」というサブタイトルがついているのはそのせいですね。

――題名が「百物語」になった理由は?

京極 大きな意味はないです。『怪』ではずっと「巷説百物語」シリーズを書いていたし、映画のほうも、宮部さんがリメイクしたかったのは実は『妖怪百物語』のほうだったという衝撃の事実もあったし。頭に「虚実」とつければいいかなと。でも読者にしてみれば、本作のどこに「実」があるんだ、と思うでしょうね。まあ、全部嘘臭いんですが、身の周りに嘘臭い人しかいないんですよ。結構真面目に描写したつもりなんですが、存在そのものが嘘臭い実在の人物が多過ぎですよね(笑)。

◆妖怪を登場させるための「手続き」が鍵になる

2

――結果として、これまでの京極作品とは一線を画す、ユニークな小説になりました。

京極 僕の小説には、基本的に「妖怪」が出てきません。概念としての妖怪を扱った小説はあるけれども、妖怪が実体を持って動きまわる小説は一作もないんです。「豆腐小僧」シリーズでさえ、豆腐小僧はあくまでも概念として“ある”という話で、物理的には存在していない。普通なら「妖怪が出てきましたよ」と書けば済むのかもしれませんが、僕の小説の場合はそうはいかないんですよ。だから妖怪を目に見える存在として丸々出すための手続きを考えなければなりませんでした。それ、結構無理があるんですよ。結局、その「手続き」自体を物語の鍵にせざるを得なくなってしまいました。一応単行本で謎解きはされます。ヒントは連載中にもかなり示してるんですが、ミスリードのほうがそれらしいし、わかりづらいでしょうね。まあ僕の小説は「おいこら!」的な結末ばかりなんですけど、一応楽屋オチとか夢オチにはしていません。

――それは楽しみです。『怪』での連載最終回は、大団円的な光景が広がる中、作中の京極さんが「これはよくない」と断ずるシーンで終わっていましたね。

京極 ある時期、荒俣さんが「妖怪は混浴だ!」と言っていたし、一見めでたしめでたしっぽいんですが、でも全然解決してませんね。あれで終わりはないでしょう。でも、実は結構面倒臭いことをしようとしていたことが途中でわかって、こりゃ難儀だなあと。試みが成功しているかどうか、読者が読んでおもしろいかどうかは、僕にはちょっとわかりません。

◆実在の人物が小説の進行を妨げる

3

――これまで、「今昔続百鬼」シリーズなどのモデル小説は手がけてこられましたが、実名小説となると初めてかと思います。やはり違いはあるものでしょうか。

京極 まあモデルはモデルでしかなくて、小説とはあんまり関係ないですね。キャラクターは作品の部材としてあるだけですから、モデルがいたとしても必要以上の属性は備えていない。たとえば犯人を逮捕する警官Aと警官Bを用意したとして、彼らはただ犯人を捕縛すればよいわけですから、名前やこれまでの人生、日常生活などの細かい情報は不要ですね。警官Aは離婚寸前で家に帰れず毎日コンビニ弁当を食べているとか、警官Bはプラモ好きで作ったガンプラは誰にも触らせないとか、物語に直接関係しない設定は全く無意味です。もっとも僕自身はそういう小ネタが結構好きなので、わざと書くこともありますが、でもまあ、普通は要らない。僕の場合、基本的に書かれている以外の設定はないんです。登場人物にも小説内に書いていない情報はないです。たまに京極堂の血液型は何ですかとか、榎木津礼二郎は何座ですか、といった質問を受けることがあるけれど、「知りません」と答えるしかないわけです。実際、知らないから(笑)。でも、実在の人物を小説内に登場させるとなると、彼らはわざわざ設定するまでもなく、物語に関係のない過去や背景をすでにして持っているわけですね。平山夢明さんの血液型は何ですか?と聞かれたら、それも僕は知らないんだけど、「今度聞いておくよ」と答えることはできる。一応あの人にも、血は流れていると思いますし。これ、まあメリットがあるとすれば、どのキャラクターも所作や動作に迷いがないということですね。出来事に対する反応は、考えるまでもない。一種のシミュレーションですからね。たとえば、物語上生きるか死ぬかという重大な局面があったとして、架空のキャラクターであれば物語を進めるためにどう動かすか、何をさせるかということになるわけですが、この場合はそんなこと関係なくて、このメンバーだと全員役に立たないとか、ほぼ死ぬとか、そうなっちゃうんです。そこは変えられない。登場人物にとっては物語進行も作者の意図もどうでもいいわけだから。ある意味で僕が考えずとも話は勝手に進行していくわけですが、それって楽なのかというと、実は逆で、小説の進行の障害にしかならないんですよ、実際(笑)。デメリットのほうが遥かに多いですね。キャラも属性も、かぶりまくりですからね。普通は整理されるべき不必要なところが莫大にある。これで思い通りに筋が運ぶわけがない。また進行の妨げになるキャラクターしかいないんですよ。人選が悪かった。だから「ちゃんとした小説にする気があるのか」と思われてもしようがないです。創作したキャラクターなら、変節も削除もできる。邪魔なら殺せばいいんだけれど、さすがに生きている人はあんまり殺せませんしね。まあ、一部の人は殺してますけどね(笑)。

◆手のかかった与太話のラストはちゃぶ台返し!?

――新たな試みが多いという本作は、京極小説のファンにとっても新たな読書体験になるかと思います。小説とは各々が自由に読むものではありますが、もし作者として推薦する読み方があれば教えてください。

京極 適当に読むのが一番正しい読み方だと思いますよ。なにせ、与太話に過ぎませんからね。ものすごく長いし、それなりに手はかかっていますけど、細かいネタを拾ってもしようがないですし、登場人物を知りたいなら、どっかに本人がいますから。深読み無用の、だらーと読み飛ばすような小説ですよね。とにかく、単行本で三冊もの分量がありますから、あまり細かいことは気にしないでざっくりと読んでいただいて、最後に脱力してもらえればそれで本望です。ある意味、ちゃぶ台返しのようなラストなので、台がひっくり返ってしまう前に、上に載っているごちゃごちゃした料理をいかにおいしく食い散らかしておくかが、読み方のコツかもしれません。

京極夏彦(きょうごく・なつひこ)
1963年、北海道生まれ。小説家、意匠家。94年『姑獲鳥の夏』でデビュー。96年『魍魎の匣』で第49回日本推理作家協会賞、2003年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞、『後巷説百物語』で第130回直木賞、11年『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞ほか受賞多数。近年は小説のみならず、怪談/妖怪に材をとった絵本も手がけている。近著に『遠野物語remix』『鬼談』『ヒトでなし 金剛界の章』『妖怪の宴 妖怪の匣』など。

取材・文=門賀美央子  写真=首藤幹夫  イラスト=天野行雄

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作家たちが多数出演!
『虚実妖怪百物語』登場人物リスト

『虚実妖怪百物語』には、作家や研究者、著名人から一般人に至るまで、様々な人物が実名で登場しています。ここで紹介する人々は、登場人物の中の一部にすぎません。ぜひ、実際に作品を手にとり、“虚実”の世界をお楽しみください。

■『怪』編集部周辺の人たち

水木しげる 現代に“妖怪”を広めた張本人。その魅力的な人柄に魅かれて集まった人々によって『怪』が創刊される。
荒俣 宏 森羅万象に興味を抱く平成の南方熊楠のような怪人。都内某所の倉庫に、あらゆるコレクションを保管している。
京極夏彦 小説家。何が起きてもブレずに「不思議なことはない」と言い張るが、全日本妖怪推進委員会肝煎として追われる身に。
多田克己 妖怪研究家。妖怪が出現し始め、世間が妖怪を白眼視し始めてもやっぱり妖怪が好き。ただし、戦力外。
村上健司 ライター、妖怪探訪家。妖怪排斥運動が激化し始めると全日本妖怪推進委員会世話役として地下にもぐり、活動する。
レオ☆若葉 お馬鹿系ライター。村上健司と信州に出向き、呼ぶ子石を発見する。
香川雅信 妖怪博士。学芸員。荒俣の研究に協力したせいで、騒動に巻き込まれる。
湯本豪一 妖怪コレクター。妖怪文化財を守り抜くために立ち上がる。
郡司 聡 元『怪』特別編集顧問。切れ長の目が威圧的な、KADOKAWAの偉い人。
榎木津平太郎 大学の恩師の口利きで『怪』編集部にアルバイトとして入った。オタクになりきれないオタク。
岡田 元『怪』編集長。荒俣や京極の担当編集者。脱色した爬虫類っぽいイケメン風。
及川史郎 元『コミック怪』担当編集。シュレック似の外見だが繊細で小心。
似田貝大介 元『幽』編集者。役に立つような立たないような適当な男。
梅沢一孔 元『怪』外部編集スタッフ。象にしか見えないデカさ。世話好きだが下品。
鳥井龍一 梅沢の下で働く外部スタッフ。
水木悦子 水木しげるの次女。

■妖怪・怪談関係者

黒 史郎 ホラー小説家。妙なものに取り憑かれ、身動きが取れない状態になる。
平山夢明 どんな状況下でもペースが変わらないので頼りになるような気もするが、実は……。
福澤徹三 外見は強面だが物腰は柔らかく誠実。黒史郎を親身になって心配する。
木原浩勝 妖怪や怪談を排斥するようになった世を憂い、決死の行動に出る。
中山市朗 関西方面の怪談関係者を引き連れ、官邸に無謀な抗議を行う。
岩井志麻子 ストーカーに追われ、KADOKAWAに逃げた際、大事件が発生する。
水沫流人 小説家。黒史郎の自宅に差し入れを持ってきて、そのまま帰れなくなる。
化野 燐 元考古学者の妖怪文人。
東 亮太 ライトノベル系作家。アニマルパニック系の映画に造詣が深く、常に冷静。
松村進吉 怪談作家。建設機械を操る。
黒木あるじ 怪談の取材ができなくなったと泣き言をいう。叱られ気質。
東 雅夫 元『幽』編集長。声が良い。
纐纈久里 古書店「大屋書房」四代目店主。
山田五平 古書店「山田書房」店主。平安時代に描かれた妖怪絵巻を所持している。
東雲騎人・式水下流・氷厘亭氷泉 妖怪を愛する仲間たち。

■妖怪に遭った作家たち

恩田 陸 仕事場で道具のお化けが踊る。
畠中 恵 狸惑わし、のっぺらぼうに遭う。
志水アキ 自宅に鉄鼠が涌く。
唐沢なをき 自宅に影なしドッグが出る。
宮部みゆき 江東区で河童を撮影する。
今野 敏 河童と相撲を取って敗北。
道尾秀介 河童に屁をかけられる。

■作中に登場する作家たち

貫井徳郎 日本推理作家協会の密使として富士山麓の妖怪ロッジにやってくる。
綾辻行人 追われる身となった京極夏彦の身を心配して、貫井徳郎に同行する。
夢枕 獏 道徳国家保全局不健全思想管理委員会特別顧問となり、妖怪推進委員会に接触する。
鈴木光司 突然現れ、そして……。
我孫子武丸 天野行雄 今井美穂 逢坂 剛 大沢在昌 小野不由美 加門七海 北方謙三 小松エメル 宍戸レイ 真藤順丈 真保裕一 高橋葉介 田中啓文 東野圭吾 牧野 修

■作中に登場する研究者たち

アダム・カバット 飯倉義之 一柳廣孝 今井秀和 榎村寛之 大江 篤 大塚英志 菊地章太 木場貴俊 久留島 元 久禮旦雄 小松和彦 高谷知佳 高田 衛 堤 邦彦 常光 徹 西山 克 松野くら

■作中に登場する編集者たち

吉良浩一、上野秀晃、岸本、伊知地(KADOKAWA) 唐木 厚、西川大基、高橋宣彦、栗城、河北(講談社) 青木大輔、照山朋代、大庭大作(新潮社) 吉安 章、羽鳥好之(文藝春秋) 野村武士、岩田(集英社) 村山昌子(徳間書店) >鈴木一人(光文社) 名倉宏美(中央公論新社) 溝尻(竹書房)

■敵対するモノ

加藤保憲 中東の荒野に現れた魔人。
ダイモン 封じられた異国の蛮霊。
仙石原賢三郎 東京都知事。
芦屋道三 内閣総理大臣。
大館伊一郎 与党幹事長。

KADOKAWA 本の旅人
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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