数奇な運命に翻弄されながらも、戦乱の世を戦いぬいた実在の女性を描く感動長篇。――諸田玲子『梅もどき』〈刊行記念インタビュー〉

インタビュー

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梅もどき

『梅もどき』

著者
諸田 玲子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041034750
発売日
2016/10/22
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

諸田玲子『梅もどき』〈刊行記念インタビュー〉

人気シリーズ「お鳥見女房」や、NHK土曜時代劇で現在放映中の
『四十八人目の忠臣』(ドラマタイトル「忠臣蔵の恋」)などで、歴史時代小説の中に、
魅力的な女性を描いて読者の支持を集めてきた諸田玲子さん。
その最新刊『梅もどき』は、戦国から江戸初期にかけて、数奇な運命を生き抜いた
“お梅”を主人公にした歴史小説です。豊臣と徳川、両方の血を受け、
両家の架け橋でもあった彼女の、凜とした生き方に込められた思いを伺いました。

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○お梅の魅力

――新作『梅もどき』は、徳川家の重臣・本多弥八郎正純と、その継室のお梅を描いています。なぜこの二人を描こうと思われたのですか。

諸田 私は静岡県出身なので、家康の正室・築山殿を描いた『月を吐く』、側室のお六を主人公にした『仇花』など、家康ものが多いんです。以前から家康に関係した女性を調べている中で、興味を持った一人がお梅でした。本多正純の失脚については、杉本苑子さんが『汚名』という名作を書いています。関ヶ原の合戦と大坂の陣は誰もが書きますが、その間に挟まっている大久保長安と本多正純の事件は、あまり注目されてきませんでした。杉本さんの『汚名』が記憶にあったので気になって調べていくと、なぜ本多家の屋敷だけが駿府城の二の丸にあるのか、なぜお梅の父は西軍だったのにお梅は家康の側室に迎えられたのかなど、謎が次々と出てきたので、それを解明したいと考えました。

――徳川家が地盤固めをするために、邪魔者を排斥していた時代は、確かにあまり歴史小説の題材になっていません。

諸田 家康を天下人にするため謀略に手を染めた本多家も足を掬われ、家康に味方した加藤家や福島家も改易されていますから、結局は徳川家に利用され捨てられています。陰惨だから誰も書かないんでしょうね。

――物語は、改易され幽閉された晩年の正純が、謎めいた女キクの話を聞くパートと、お梅の生涯を描くパートを交互に描きながら進んでいきます。二つのパートが次第に繋がって、歴史の裏側で何が起きていたかが明らかになるので、全体がミステリータッチですね。

諸田 新聞連載時は、築山殿が殺される場面から物語を始めました。事件とはまったく関係のない人たちが、因果の渦に巻き込まれていくのが「歴史」なので、それを大河ロマンとして書きたかったんです。ただ新聞で毎日読む読者は、登場人物が増えたり、場面転換が多かったりすると物語が分からなくなるので、二つのパートを交互に描くことにしたのは、単行本にする際に加筆修正した結果です。本多家が改易されたのは、築山殿の死まで遡る古い因縁がある。そこまでの恨みが何から生まれるかを考えたら、やはり生い立ちなど自分の力だけでは抗えない運命に左右されています。この複雑な因果の糸を織り上げるためには、お梅とキクという二人の女性が必要でした。

――お梅は、関ヶ原の合戦や、本多家の家臣の岡本大八が賄賂を受け取ったとして火刑に処せられた事件、家康の側近だった大久保家の失脚、大坂の陣、そして本多家の改易と、江戸幕府の黎明期に起きた大事件すべてに関わっています。

諸田 お梅自身が巻き込まれた事件もありますが、政治向きのことに対しては一種の傍観者ですから、その時々の動向に左右されたり、偏見にとらわれることなく歴史を見ています。なぜ本多家が改易されたのかも、お梅を主人公にしたからこそ、見えてきた新たな視点もあります。

――キクも、存在感がありました。

諸田 キクが「出雲阿国」の一座にいたのは確かなのですが、それ以外はよく分からないので、架空の人物として作っています。

――ドラマ化された『四十八人目の忠臣』は、赤穂四十七士の切腹後も生きた女性たちの役割に着目していました。本書も、お梅やキクをはじめ、男の尻拭いをする女性たちが活躍する物語になっていますね。

諸田 男は鉄砲玉のようで、後始末をするのはいつも女性なんです(笑)。お梅は伊勢に、自分の名を付けた梅香寺を建てました。この作品には書きませんでしたが、お梅は、伊勢奉行などの助力もあって本多家の再興に関わっています。『四十八人目の忠臣』もそうですが、戦争に勝った負けたで終わるのではなく、その後も歴史は続きます。女性の力は小さかったけれど、その小さな力が歴史を動かすこともあったんです。

――有名な武将より、女性の方に惹かれますか。

諸田 男性も書きたいのですが、史料を調べていると女性の扱いがあまりにひどいので、どうしても女性が書きたくなります。正純のことをよく調べている研究者がいらっしゃるのですが、お梅の記述になると、閨がどうとか、正純は色香に惑わされたとか、突然いやらしくなるんです。男性の研究者には、家康から下賜された側室のお梅が、戦利品に見えるんでしょうね。『月を吐く』を書いた時も、同じことを感じました。歳上の築山殿は家康を惑わす悪妻で、とまるで鬼のように書かれていた。築山殿は家康と同い歳、という説もあるのに、そこにはあまり触れられていないんです。もちろん小説なら、お梅や築山殿を悪く書いても構わないのですが、研究者の方が書くとイメージが定着してしまいます。それに腹が立って……(笑)。さらに史料を読んでいくと、お梅は、家康の側室の中でも重んじられたお奈津と仲がよく、一緒に伏見や駿府で過ごしたり、梅香寺の隣にお奈津は清雲院を建てたりしています。それなのにお梅の生涯は検証されていなくて、色眼鏡で見られているのが不満でした。

○女性が歴史を動かす

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――お梅は、大坂の陣の直前、徳川家と豊臣家の融和を図るため、家康の母・於大と豊臣秀吉の妻・北政所の会見に付き添っています。女性たちのネットワークが、政治を動かしていく展開も興味深かったです。

諸田 於大と北政所の会見は、淀殿の妹で、徳川秀忠に嫁いだ江(崇源院)を主人公にした『美女いくさ』を書いた時に知りました。今回の『梅もどき』の冒頭でお梅が、石田三成の娘・お辰の命を救おうとしますが、これも女性たちに深い繋がりがあったからできたことです。戦国大名に何人もの側室がいたと聞くと、大奥もののようなドロドロした世界を想像しがちですが、それは男性の目線で、女性が見ると違ってきます。最近は女性の役割について調べている研究者も増えていて、歴史の定説も変わってきています。

――お梅が於大の縁戚だったとか、築山殿を斬ったのが岡本大八の父親だったとか、歴史上の人物の意外な繋がりが出てくるのも面白かったです。

諸田 家系図が大好きなんです(笑)。女性は家系図には「女」としか書かれず、姉か妹か、名前すら分からないこともありますが、それでも家系図を見ていると新たな発見があります。現代でも、娘が嫁げば相手の家との付き合いが始まりますが、戦国時代はもっと姻戚関係が重視されていました。そこには現代人が想像もできないような、深い関係があっても不思議ではありません。於大の母・源応尼は、五回とも六回ともいわれるほど結婚していますが、その度に家のためになる何かを持ち帰っていたはずです。秀忠を生んだ西郷局に代わる女性を探していた於大が、縁戚のお梅を見つけたとすれば、裏の繋がりが歴史の新たな可能性を切り拓いたことになります。それほど戦国時代は、女性の役割に侮れないものがありました。

――中盤以降は、正純が二代将軍秀忠の暗殺を目論んだとされるいわゆる宇都宮釣り天井事件に向けて物語が加速します。この事件の解釈も斬新でした。

諸田 釣り天井を使った暗殺計画は、後世の講談の脚色です。ただ事件には、おかしなところが多いんです。嫌疑をかけられた正純は、宇都宮藩十五万五千石から出羽国由利五万五千石への減封を命じられます。これを受け入れたら改易を免れた可能性もあったのに、正純が拒否したのは不可解でした。ただ調べていくと、正純の心情が見えてきました。正純は、謀反人にされた大久保長安が、墓を暴かれてまで斬首されたのを見ていますから、家康に逆らったという汚名だけは絶対に着たくなかった。幽閉されたのは、それを避けるための策略だったんです。正純の真意を理解していたお梅も、心は平穏だったと思います。その意味で、この夫婦の愛は、本当に深いんです。

――本多家の改易には、大久保忠隣が推す秀忠と、本多正信、正純父子が推す結城秀康が、家康の後継者を争った騒動が関係していたとされていますね。

諸田 人間は自分を認めてくれた人のことは持ち上げますが、否定した人に対しては冷たい。二代将軍が秀忠に決まった時点で、本多家の運命は決まっていたのかもしれません。

○救済とは何かを問う

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――お梅の宿敵として、家康と築山殿の長女で、一人娘を大久保忠隣の嫡子・忠常に嫁がせた亀姫(加納御前)が登場しますが、亀姫は単なる悪役ではありませんでした。

諸田 ある期間を切り取って、登場人物を善と悪に色分けするのは嫌いです。亀姫はお梅を憎んでいますが、別のシチュエーションで会っていたら、仲良くなっていたかもしれません。でも「恨み」が植え付けられたことによって、それが阻まれてしまった。だから、すべての歴史は「恨み」が動かしているという話を書き、その先に、「恨み」を抱いた人間が、どのようにしたら許し合えるのかを描こうと考えました。

――中盤までの壮絶な陰謀劇があったからこそ、「救済とは何か」を問うテーマが強く印象に残りました。

諸田 生まれ育った家の近くにキリスト教会がありました。そこに小さい頃から通っていて、実家は仏教でしたが、私は洗礼を受けました。ただ、どうしても解決しない問題があったんです。クリスチャンなのに、『聖書』にある「誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい」が理解できなかったんです。憎しみを愛に変えるのは、すべての宗教に共通する真理のはずですが、キリスト教でもイスラム教でも、それに反する動きが今も世界中で起きていますよね。どうすれば憎しみが癒やされるのかを突き詰める必要がありました。この問題を考えるために、実在した浄土宗の僧・袋中を出しました。袋中は、人の憎しみに巻き込まれるお梅とキク、二人に関わっていきます。袋中と接することで、二人の心境が変わっていくところが本書のテーマになるのですが、それが巧く書けたかは自信がありません。

――この作品から発展させて、袋中や岡本大八の物語を書くこともありそうですね。

諸田 短篇なら書けるかもしれませんが、大八は最後に火あぶりになるほど悲惨なので、難しいかもしれません。ただ女性や歴史の中に埋もれた人など、これまでの歴史小説作家が取り上げなかった人物の視点で、歴史の隙間を埋める作品を書き、それを読んだ人が、歴史を違う角度から見てくれたらいいなと考えています。

――今後の予定を教えてください。

諸田 ちょうど『みれん失れん和泉式部』の連載を終えたところで、来年には本になります。和泉式部も恋多き女という既成概念で捉えられてきました。私はそれとは違う解釈を提示することで、従来とは違った和泉式部を書いたつもりです。それが真実かどうかは分かりませんが、自分が信じる歴史を書いて、読者に何かを掴んでもらえたらと願っています。

諸田玲子(もろた・れいこ)
静岡県生まれ。上智大学英文科卒。外資系企業勤務を経て、ノベライズや翻訳を手がける。1996年、『眩惑』で小説家デビュー。2003年、『其の一日』で吉川英治文学新人賞を、07年、『奸婦にあらず』で新田次郎文学賞を、12年、『四十八人目の忠臣』で歴史時代作家クラブ賞(作品賞)を受賞。著書に、「お鳥見女房」「あくじゃれ瓢六捕物帖」「きりきり舞い」各シリーズのほか、『波止場浪漫』『帰蝶』『風聞き草墓標』など多数。

取材・文|末國善己  撮影|ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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