羽田圭介がおくる「ゾンビ」作 油断していると後ろから…

レビュー

6
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コンテクスト・オブ・ザ・デッド

『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』

著者
羽田 圭介 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062203340
発売日
2016/11/15
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

あの芥川賞作家がゾンビもの!?黒い笑いと恐怖が交錯する――

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 読者が自分自身の姿を見出してしまうような小説がある。世界のすべてを網羅するような作品であるために、その中に自分が含まれていないはずがない、という確信が心の中に芽生えるためだ。羽田圭介『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』はまさにそうした一冊である。

 文芸誌編集者の須賀はある日、渋谷駅前でゾンビを目撃する。映画から抜け出てきたかのような、青い顔の歩く死者である。やがてゾンビは駆けつけた警官に刺叉(さす また)で捕獲され、連行されていく。その一部始終を須賀と見守っていたのは、純文学作家のKだった。書くたびに初版部数が減少し、今や読者からは半ば忘れ去られた存在となっているKこそ、生きているのか死んでいるのかわからない文壇のゾンビなのだった。

 冒頭の出来事は大きな災厄の前触れに過ぎない。次から次にゾンビは増殖し、深刻な社会問題となっていく。しかし物語の前半ではそうしたゾンビ禍の模様は背景に退いている。その代わりに活写されるのが、戯画化された現代の風景なのである。

 書けば書くほど作家としての価値が低下する悪循環に陥ったK、彼とは逆に書かないことで商品価値を維持し続けている女性作家、作家願望に振り回されて自家中毒になりかけている青年といった、文壇の周縁部で生きる三者を中心に、第一部は群像劇の諷刺小説として展開する。羽田自身も属する純文学界の状況が黒い笑いと共に綴られるのだが、諷刺の範囲は文壇だけに留まらない。自分のいる場所に不満を抱きつつも、それをきちんと表現せず、SNSに八つ当たりの悪意を撒き散らしているばかり、というような現代人の不毛な在り様が、Kたちの背後には透けて見えてくるのである。

 小説のもう一つの軸は福祉事務所で生活保護申請の窓口を担当する新垣と高校生の希(のぞみ)のパートで、彼らの視点からはゾンビ禍の恐怖がもっと直截的に描かれていく。Kたちの物語と新垣たちのそれとが網を形成して読者を逃さないようになっている仕掛けだ。第二部に入ると網の目が一挙に狭まり、それまでは他人事として読んでいられた人も、自分が青い顔の死者に追われ出したかのように必死にページを繰り始めるだろう。

 ゾンビはもはやホラーの一ジャンルというより、誰もがその知識を共有するサブカルチャーの一要素といった存在になった。そうした「お約束」に慣れている人ほど、本書には衝撃を受けるはずである。油断していると後ろから噛みつかれるぞ。

新潮社 週刊新潮
2016年12月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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