不穏で不吉な傑作短篇集の数々! 『詩人と狂人たち』ほか

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不穏で不吉な傑作短篇集の数々!

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 ブラウン神父シリーズで知られる古典ミステリーの巨匠、G・K・チェスタトン。『詩人と狂人たち』(南條竹則訳)は彼の幻想的な作風が堪能できる連作集だ。探偵役は画家であり詩人でもあるガブリエル・ゲイルという男。一人分の足跡しか残されていない浜辺で発見された刺殺体の謎、孔雀に惹かれて入り込んだ家でなぜか晩餐会に招待された顛末など、常軌を逸した人々が引き起こす奇妙な事件の真相を、この詩人は彼らの心理に寄り添うことで解き明かしていく。「この世界は上下逆さまなんです」「君は二等辺三角形だったことがあるかい?」などと、突如ゲイルの口から飛び出す突飛な言葉が、そのまま真実に結びついていく様に毎回唸ってしまう。

 一線を越えてしまった人の心が引き起こす悪夢が描かれるといえば、グラン・ギニョル座の劇作家だったアンドレ・ド・ロルドによる『ロルドの恐怖劇場』(平岡敦編訳・ちくま文庫)もそう。精神病院から退院したいと訴える患者の少女が語る奇妙な状況、肝試し気分で蝋人形館に一人で泊まった青年が体験する恐ろしい一夜、肝臓病手術の権威である医者が自らその病に罹った際に見せる不審な行動など、どの話も短くシンプルで、だからこそストレートにこちらの恐怖心のツボを刺激してくる。その一方、男女の甘い愛の語らいが終盤に一変する「無言の苦しみ」などはなんとも痛快な内容だ。

 狂気を描く作家といえば没後80周年となる夢野久作もいる。長篇『ドグラ・マグラ』があまりにも有名だが、不穏で不吉な名作短篇も多々残している。そのなかから10篇を収録しているのが『死後の恋 夢野久作傑作選』(新潮文庫)だ。編者は日下三蔵氏。ロシア革命後のウラジオストックで、貴族の血を引くと嘯く怪しげな男が王家の末路に関わる奇怪な出来事を語る表題作、海辺に流れついた瓶に入った紙から、ある兄妹のむごい体験が明かされる「瓶詰地獄」など、著者の短篇を語るなら外せないであろう作品が厳選されている。夢野作品未読の方には入門的な一冊になるのでは。

新潮社 週刊新潮
2016年12月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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