明文堂書店石川松任店「田舎町の外壁に稚拙な絵を描き続ける男の半生に寄り添う一冊」【書店員レビュー】
レビュー
明文堂書店石川松任店「田舎町の外壁に稚拙な絵を描き続ける男の半生に寄り添う一冊」【書店員レビュー】
[レビュアー] 明文堂書店石川松任店(書店員)
栃木県北東部に位置する田舎町の外壁には稚拙な絵が描かれ、その絵は町全体を覆い尽くそうとしていた。子供の落書きのようなその絵に興味を持ったノンフィクションライターの《私》は、その絵を描いた伊苅という男を訪ねる。《私》に対する伊苅の反応は決して良いものではなかったが、かつては学生塾の先生をしていて、現在は便利屋を生業にしている伊苅に強く興味を持った《私》は、彼について調べていく。
本書には、いくつもの孤独や疎外感を感じさせるエピソードが描かれています。しかし同時に他者との繋がりが強く描き出されているのも印象的です。思わず温かいものが頬を伝いそうになる場面もいくつかあったのですが、泣ける、という表現だけで終わらせてはいけない切実さも含んでいます。
物語の後半、一人の男の半生に寄り添う読者に明かされる事実は意外なものです。その事実を知った後、物語や登場人物に対する読者の印象は大きく変わると思います。しかしその事実は不自然になることなく物語に溶けこみ、深い余韻を残します。