『脳はいかに意識をつくるのか』 ゲオルク・ノルトフ著

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『脳はいかに意識をつくるのか』 ゲオルク・ノルトフ著

[レビュアー] 岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

私が私である条件

 こんな研究がある。重篤な事故で植物状態にある患者に「テニスをすることを思い浮かべて下さい」と伝えると、運動に関する脳領域が活動した。この結果から、植物状態でも意識があると主張する研究者もいる。著者はこれに賛成しない。なぜか。

 脳は外界からの刺激に応じて多様な局所的応答を見せる。しかしそれだけでは意識には至らない。局所的応答が前頭連合野と頭頂連合野を巻き込み、脳全体の活動となる必要がある。これに加え、本書が特に強調するのは、リラックスしている時に脳の内部で起きる「安静時脳活動」である。これが脳の広範囲で多様な時間的変動を起こし、外界からの刺激と相互作用することが、意識を持つ必要条件であると著者は考える。

 植物状態にある患者では、安静時脳活動の変動レベルが低い。だから著者はこの患者には「認知過程はあっても意識はない」と言うのである。認知は意識を舞台とすると考えるのが現在の常識なので、これは非常に斬新なアイデアである。

 では意識とは何か。安静時脳活動は脳の中央部(正中線領域)で高い。同時にこの領域は自己に特異的な刺激(名前、地域など)や社会的関連を持った刺激(親、友達など)にも安静時と同様に活動する。脳の正中線領域が自己意識を担うのか。

 精神科医でもある著者は、この仮説を手に、うつ病・躁(そう)病・統合失調症の症例を分析してみせる。そこから導かれる結論は、「安静時脳活動が自発的に変動することが、人格の連続性の基盤である」というものだ。この結論は素敵だ。

 しかし僕は、一人称の僕がどのようにして安静時脳活動の「流れ」から「立ち現れる」のかを知りたいのだ。本書は、結局はそれを教えてくれなかった。そこは不満ではあるが、神経科学的な知見から現象学的自己を構築しようとする著者の情熱と、そのような情熱を受け入れるようになった科学自体の変容を感じることができた。高橋洋訳。

 ◇Georg Northoff=神経科学者、哲学者、精神科医。カナダ・オタワ大学精神保健研究所教授。

 白揚社 3000円

読売新聞
2016年12月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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