500年前の「改革者」ルターが書いた名著を21世紀に読む意味とは?

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500年前の「改革者」ルターが書いた名著を21世紀に読む意味とは?

[レビュアー] キリスト新聞社

 1520年にマルティン・ルターが記した『キリスト者の自由』は日本でも戦前より改訂を重ね読み継がれてきた。ルターが中世に語ったことをわかりやすく提示したのが本書。来年宗教改革500年を迎えるにあたり、日本福音ルーテル教会が4冊の推奨本を掲げたうちの1冊となっている。

 本書はまず徳善義和氏抄訳の『キリスト者の自由』を掲載。続いて『キリスト者の自由』を読み解くための解説が「自由」「信仰義認」「全信徒祭司性」「愛の奉仕」などテーマごとに書かれている。末尾に解説の執筆者数人と牧師、信徒による座談会を収録。

 本書を読み進めることで『キリスト者の自由』が500年前のドイツで書かれた本でありながら読み継がれてきた理由、また今を生きる我々が同書をどう読めばいいのかが見えてくる。

 「キリスト者はすべての者の上に立つ自由な主人であってだれにも服さない。キリスト者はすべてのものに仕える僕であって、だれにでも服する」というルターの言葉は、「キリストによって義とされた我々は誰に対しても自由な者だから、義務ではなくあえて隣人に奉仕できる」という解説に開眼する。「現代人は自分を深いところで肯定できず『個』が弱い。しかし聖書の神は人を無条件に丸ごと受け入れてくれている。それがルターの言う義認であり救いである」という解説には、不安定な心持ちで現代を生きる我々に今どれほどルターの神学が必要とされているかを痛感する。

 先のルターの言はパウロの言葉「わたしは誰に対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました」(コリントの信徒への手紙一第9章19節)を深く考えたものだという。2千年前も500年前もこの今も、真実は不変であることに瞠目する。

キリスト新聞
2016年12月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

キリスト新聞社

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