ノワールの旗手が放つ、衝撃の古代歴史巨編『比ぶ者なき』馳星周

レビュー

5
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比ぶ者なき

『比ぶ者なき』

出版社
中央公論新社
ISBN
9784120049095
発売日
2016/11/17
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ノワールの旗手が放つ、衝撃の古代歴史巨編『比ぶ者なき』馳星周

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 馳星周が古代史小説を書いた、となればこれはひとつの事件である。読まぬ手はないだろう。

 物語は、壬申の乱に際して、大友皇子派に味方し、出世の道を閉ざされたかに見えた藤原史(ふひと)=後の不比等が、狡猾極まりない野心を抱き、権力の座に突き進んでいくさまが描かれている。

 普通、不比等を描くとき、文武天皇から大宝律令の制定を命じられて、以後、朝廷から信頼を得るあたりから、頭角をあらわし、五十歳で右大臣に出世。都を平城京へ移すべく働き、一方で、長女宮子が文武天皇の妻となり、三女光明子(光明皇后)が聖武天皇の妻に迎えられ、天皇の外戚として絶大な権力をふるうに至る――というのが、これまでの不比等の描かれ方である。この一巻も、基本的な大筋はこの通りだが、そこは馳星周描くところの古代史ノワール。不比等の雌伏期から、賛否両論分かれるような強烈な史観を打ち出してくる。

 その中心にあるのが『日本書紀』である。不比等にとって『日本書紀』の創造は、己を神の一族にするための神話のそれである。その中で語られる、天孫降臨、万世一系、聖徳太子等々は、天皇家を「神」とするため、さらには二人の娘を天皇の妻とした自らをその眷属とするために必要なものであった、という大胆不敵な解釈が、この一巻の肝となっているのだ。これによって、いままで有力氏族との合議の上で決まってきた皇位――大王(おおきみ)の座は完全に覆されることになる。本書は、皇室典範のあり方が問われる中、作者が投げつけたテロルの紙つぶてであり、新境地に他ならない。

 後半の長屋王との水面下での心理戦も面白く、どうやら、物語には続きがありそうな気配だから、こちらも満を持してそれを待とうではないか。

光文社 小説宝石
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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