高橋秀実 身も蓋もありません/養老孟司『骸骨考 イタリア・ポルトガル・フランスを歩く』

レビュー

4
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骸骨考

『骸骨考』

著者
養老 孟司 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784104160082
発売日
2016/12/22
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

身体巡礼

『身体巡礼』

著者
養老 孟司 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784101308425
発売日
2016/11/29
価格
637円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

高橋秀実 身も蓋もありません

[レビュアー] 高橋秀実(ノンフィクション作家)

 前作『身体巡礼』と、その続編である『骸骨考』を一気に読み、私はヘンな夢を見たような心地に包まれた。

 ヨーロッパに出かけたはずなのに、出てくるのは骸骨ばかりという夢。そこに養老孟司先生が現われ、ぶつぶつ何かをつぶやいている。その一つひとつに私は感銘を受けるのだが、何を言われたのかよく覚えていない。しまった、きちんとメモを取っておけばよかったと後悔するのだが、幸いこれは夢ではなく本なので再読できる。そこで冒頭からまた読み直してみるのだが、夢の中で夢を見るようで、どうやらこれは旅行記というより、読者の意識を非意識の世界に組み替えていく、一種のだまし絵のようなのである。

 両書ともヨーロッパのお墓への巡礼の記録なのだが、そもそもなぜヨソ様の墓を巡るのかというと、ご本人曰く「どうしてこんなこと、始めちゃったのかなあ。自分でもよくわからない」。目的は無視。目的とは物事を意識化することで、先生が追究するのは意識ではなく身体性なのだ。意識を排除しているのか、先生はパリのサン・ドニ大聖堂(フランス歴代の国王の墓所)でも、内部を一巡したものの、「驚くべきことに、ほとんどなにも覚えていない」。ミラノの納骨堂で骸骨の山を見ても「なにもいうことがない」と言い切ったりする。室内装飾のすべてが人骨でできているローマの骸骨寺では「私が訪問するのはたしか三度目だが、だからどうしたというようなもので、何度行っても、変なところだなあ、で終わる」とつぶやく。終わっちゃうの? と意識的な私は驚いてしまうのだが、確かに私も旅で何かを発見することなど滅多になく、意識的に「あった」フリをするだけなのである。

 大体、意識っていうヤツは、という具合に先生の意識批判は四方八方に炸裂する。イエズス会、忠臣蔵、ノーベル賞、数学、ホテルのサービス、「愛してます」のウソ……。STAP細胞騒動についても、論文のタイトルの中にあった「記憶を消去し初期化する」という一節をコンピュータ用語だと指摘する。「実体より、解釈や比喩が明らかに先行」しており、生物をコンピュータと似たようなものとして扱う「意識」の思い上がりだと糾弾するのである。「現代人の悪癖」は「なにごとも理解でき、説明可能」だと思うこと。そもそも世界に筋など通っておらず、筋が通っているように思うのも「意識」の勘違い。「世界は意識的にコントロールできる」などという発想こそ「最悪の癖」なのだ。先生ご自身も論理性が高い学問などは「脳の中でしか成立しないはず」なので信用できず、だから虫捕りに励み、一万頭ものゾウムシの標本をつくったりしているらしい。

 それで骸骨? と私は思った。骸骨は人なのに意識がなく身体そのものかと思いきや、そうではない。骸骨は「情報を象徴している」という。意識が扱えるのは情報のみだが、先生の定義によると「情報」とは「時間とともに変化しない」もの。いうなれば固定化された過去であり、骸骨も過去だとするなら、そこから離れることが「すなわち生きることである」と気がつくのである。「いまごろ『生きる』ことに気が付いても遅いわ」と自嘲しつつ。

 ちなみに養老先生によると、自分が死んだとは意識できないから一人称には死がない。私たちは生きている限りずっと生きているわけで、その「生きている」というのも意識である。身体があって意識がある。意識が身体を意識する。ということは私たちが考える「身体」も情報のひとつではないかと私は思ってしまうのだが、それを言うと身も蓋もない。しかし「身も蓋もない」とは器がないということで、それで骨壺もなく露出した骸骨だったのかもしれない。

 ともあれ、身体や意識について考えることは生身の人間には本当に面倒くさいですね。養老先生も早く虫捕りに行きたいようだし、さしたる目的もなく生きている私は「それでいいに決まってる」と太鼓判を押してもらったようで、だから先生の本を読むとハッピーな夢見心地になるのだろう。

※「波」2017年1月号には、宮崎駿さんと養老孟司さんの特別対談〈前篇〉「合計154歳、ふたりがいま夢中なこと。」が掲載されております。

新潮社 波
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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